2023年11月29日

ひぼろぎ逍遥(跡宮) ビアヘロ 216 氷川神社とは何なのか? ❶

ひぼろぎ逍遥(跡宮) ビアヘロ 216 氷川神社とは何なのか? ❶

20231016

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


ももうそろそろ年末を迎えるようですが、今年は120人を集めた佃収小倉ムーブ講演の実現と阿智村〜始まった群馬県の神社調査(実際には静岡、山梨、長野も含まれますが)に終始したと言えそうです。

 その延長上に、当会の月例会の常設の拠点を北九州市から筑紫野市に戻し、九州王朝説の中心的エリアの筑前、筑後、肥後のラインに戻し、加えて提携団体の丁己歴史塾による佃収講演の常設化を図り、北部九州全域をカバーすると言う作業に追われていました。

 加えて、当初、筑前復帰のトップの講演者としていた当会のエースblog「宮原誠一の神社見聞諜」宮原誠一氏(10月)〜blog「地図で知る古代の楽しみ」の伊藤まさ子女史(11月)、佃収講演会(12月=1月に変更)、blog「事代主のノブログ」の杉山宏治氏による佐賀県神埼市の櫛田神社周辺の三社詣りトレッキングとして予定していたものを、宮原誠一氏の講演のしばらく延期、会場確保の問題から佃収講演の1月への延期と変更を余儀なくされたため11月に私が講演する羽目になってしまいました。

このため、「後にキッコーマン醤油を作る人々は有明海沿岸から移動したのではないか…」と言う講演用のパ無題.pngワー・ポイントを作成し、更に、サテライト研究会とも言える久留米でのサテライト講演を翌年3月に行う事になってしまい、この講演用のパワー・ポイント「松田聖子は神武天皇の本物のお后の末裔ではないか」を作る羽目に陥ってしまいました。

結果、ブログを書く余裕がなくなり、慌てて書き始めたのが実情です。

 それはともかく、34月に行った一ケ月間の群馬遠征の結果、次の問題として武蔵大国魂神社と氷川神社の全貌を探る必要性への思いが募ってきたのでした。       

 集積地は埼玉県のように思うのですが、東京都下もかなり多くまだ全容を把握している段階です。                      

 このテーマを選んだのは埼玉在住の当会のメンバーのT氏からの照会に端を発したものでしたが、以前から気になっていた「氷川清話」の問題、更には熊本県の宇土市と八代市との中間に存在する、氷川と氷川町とこ関連もできれば探りたいと思うのです。

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とりあえず、1012月のチラシを見て頂きますが、漸く当会も新しいステージに上がり、各地のサブ的小規模勉強会が広がりと統一性を見せ始め、北部九州全域にメンバーが広がりつつあるのです。ともあれ、来年以降の北関東、東関東への神社調査のターゲットは氷川神社になりそうです。


丁巳歴史塾+太宰府地名研合同研究会(2310月)は二日市温泉で再開します


❶ いよいよ北九州から筑前、筑後、肥後の九州王朝ラインの本拠地を戻し活動を再開します。

 ただ、これまでの月例会の形は取らず、年に3回ほど丁己歴史塾と提携し佃 収先生の講演会を行います。このため同講演を丁己歴史塾で共催し、残る8回程度を筑紫野市で開催します。

 当初、西への移行のトップ・バッターとして「宮原誠一の神社見聞諜」の宮原誠一さんにお願いしていましたが、やはりご都合が悪いようで、再度見合わせ、blog「地図を楽しむ・古代史の謎」の伊藤まさ子女史にお願いし繰り上げ講演をお願いしています。


日 時  1029日(日) 13001630 

講演者  伊藤 まさ子(「太宰府・宝満・沖ノ島」著者)

会 場  福岡県筑紫野市二日市南1丁目93の生涯学習センター   


テーマ  「群集墓から見る磐井の乱」


会場は尚変更の可能性があります。2024121日(日)佃収黒崎講演にお集まりください

佃収講演については、引続き丁己歴史塾と提携し実施します(年3回)。皆様のご協力をお願いしたいと考えています。佃収講演を行う月は筑紫野市での月例会は行いません。次は来年4月を予定しています。

121 1300〜八幡西区役所(3F301北九州市八幡西区黒崎3丁目153コムシティです。

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太宰府地名研究会1126日(日)1300 当初1119日を予定していましたが会場の確保できず、週遅れになりました。このため佃収講演に連続することになりご迷惑をお掛けします。


日 時  1126日(日) 13001630 

講演者  古川 清久(「有明海異変」著者)ひぼろぎ逍遥(跡宮)外5ブログ+ユーチューブ

会 場  福岡県筑紫野市二日市南1丁目93の生涯学習センター   

テーマ  「後に『亀甲萬醤油』を造る人々は有明海沿岸から東に進出したのではないか」


来年1月のトレッキングは三社詣りとして「事代主のブログ」の杉山氏のガイドにより佐賀県神埼市の櫛田神社周辺の数社を詣ります。佃講演と重複しない様に14日か28日に行います。

参加費  7001000円 会の活動エリアの拡大に伴い、今後、遠来の講演者をお呼びすることが増えてきます。このため、参加費として頂戴している資料代、講師謝金を多少値上げさせて頂きます。物価上昇もありますが、当面、トレッキングについては従来同様500円としますが、講演会に関しては維持が困難になりつつあります。当会は元々、会員会費制を取っていません。会への入会費、年会費もこれまで同様必要ありません。中学校の生徒会のような表面だけの会計監査などやる暇があったら調査研究に集中しましょう。

                       当日連絡 090-5289-2994 or 090-6298-3254

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栃木県の氷川神社

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茨城県の氷川神社

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埼玉県の氷川神社

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千葉県の氷川神社

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神奈川県の氷川神社

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東京都の氷川神社

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2023年11月26日

980 標高800ⅿの高森町尾下で2023年の夏も終わる9月に高原地帯で高千穂合宿を行います

980 標高800ⅿの高森町尾下で2023年の夏も終わる9月に高原地帯で高千穂合宿を行います

20230531

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


 923日 参加できる方だけお越しください(日程は調整中です)。

 ここには高速道路とも言えるスーパー広域農道が通っており、日本一花の森の看板も出ています。


夏は標高の高い高千穂でのトレッキングにご参加ください。


集合日時2023090203日 161700 駐車場50台分 集合

会場:平野虎丸研修所(築5年)広大な平屋建て(お風呂はありますが天の岩戸温泉に行きましょう)。

平野虎丸 日本一花の森 高森町尾下1261 090-20826618 大型広域農道隣接

標高800メートルでかなり涼しいですが、暑さに弱い方は扇風機をご持参ください。

宿泊はタオルケット持参で平野邸への一泊1000円のカンパを…


無題.png宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸58 天岩戸の湯 500


 夜は食事と休養と歓談を…翌朝からお昼まで神社を巡ります。

 食料:各自持参(朝食まで二食用意を…)

 阿蘇内牧温泉 スーパー宮原or南阿蘇高森町スーパー・アスカorスーパーアズーロ高千穂町三田井3921・ 0982-73-1676


翌朝から神社を廻ります。


 コース

❶ 上野神社 高千穂町上野3389

❷ ひのみこ社(全国でも珍しい個人の力で再建された神社です)お賽銭を500円程度お願いします。

➌ 下野八幡宮 高千穂町下野

❹ 瀬織津姫神社 高千穂町岩戸 一部に瀬織津姫の正体が分からずに追い求められる向きがありますが櫛稲田姫です。百嶋最終神代系譜を…


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❺ 八大宮

❻ 天岩戸神社 東本宮御神水

緊急時連絡:09062983254


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2017110518:15カテゴリ  高森「花の森」ナショナルトラスト

購入して3年「日本一 花の森」 植えない森の真実

平野虎丸です。ご訪問ありがとうございます。

無題.png阿蘇郡高森町に希少野草保護のためにスギ伐採地を購入してちょうど3年が経ち、購入時と同じ季節を迎えて感慨深いものがあります。思ったよりも野草の種類が多く、もっと早く購入して「花の森づくり」を始めておけばよかった、などとあり得ないことを考えたりします。しかし、無理な話です。しっかりと現実を受け止め、元気なうちに少しでも将来の展望を描いておきたいと思っているきょうこの頃です。購入から3年、やっと道路沿いのスギを伐採してしまい、道路沿いは明るい「植えない森」が見えるようになりました。影もなくなり、道路の積雪による凍結の心配もなくなりました。背の高いスギは壁になっており、購入時には山の全貌が見えませんでした。写真右上のスギは隣の山です。
道路近くまで植林してあったスギが無くなったので、広々と明るい平坦地となり、サクラソウやフクジュソウ、ベニバナヤマシャクヤク、ケルリソウなど阿蘇の希少な野草が増えました。
無題.png路左側の大きなスギは昨年伐採しましたが、右側のスギは少し残っています。これも徐々に伐採して、この山本来の自然景観を取り戻す計画です。
このあたりは寒いところで、常緑樹はほとんど見られません。どこにでも見られるネズミモチも植えてみましたが、寒さで息も絶え絶えです。ビワは枯れました。花の時期に雪が降るので実は望めません。道しるべに最初に植えたナンテンも枯れました。
杉山の中に、小さなシロダモの木が見られるので、大きく育てれば、野鳥たちの冬のねぐらに役に立ちます。
常緑樹が少ない為に、冬も葉を落とさないスギ植林地をねぐらにしている野鳥たちもいました。
「花の森」では、奥にまだまだスギや竹類が残っていますから、野鳥たちはそこをねぐらにするでしょう。現在、実のなる雑木がいっぱいの「花の森」は、留鳥や冬鳥たちがたくさんやってきて餌をついばんでい
ます。
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春には草木の花が咲き、秋には実が成り紅葉し、やがて夏草が枯れ、冬枯れの季節がやってきますが、春の野草たちは、もう、芽を吹いています。雪の下でも、春の野草たちは元気です。
自然界は冬だからといって草が無くなるわけではなく、温かいに日には花を咲かせる野草もあります。
多種多様な生き物たちが1年じゅう暮らしている豊かな場所、それが「植えない森」です。

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 夜は雑談で明かし、朝から普段行かない高千穂の神社をご案内します。

 従って、必要ならば、夕食、夜食、朝食を用意して下さい。

 ネット検索で平野虎丸も見ておいてください。凄い英雄である事が分かります。

 この計画は花の森の受け入れ態勢が準備できず、もう一つの拠点の高千穂町のひのみこ社の関連宿泊所での合宿に変更しましたがこれについてもいずれご報告いたします。

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記

2023年11月24日

979 「古代史山ちゃんブログ」より転載 第七十五話  「贈応神天皇」(1)

979 「古代史山ちゃんブログ」より転載 第七十五話  「贈応神天皇」(1)

20230528

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

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第七十五話  「贈応神天皇」(1)


百嶋神社考古学研究会はかなり大きな拡がりを見せています。

始めは近畿大和朝廷の影響が緩い関東地区からの関心が多かったのですが、徐々に畿内に於いても関心を持つ方が広がりを見せており、支配的な影響力を持つなどと言った大げさな事は申し上げるつもりはないのですが、最低限、百嶋由一郎の業績、研究内容の一端でも残す事は出来るであろうとは考えています。

今回、掲載する「古代史山ちゃんブログ」は以前にもご紹介していますが、オチャラケタタイトルにも拘わらず、バリバリの文献史学派の研究者であり、愛知の物部地区でかなりの影響力を持つ古田史学の会の下部組織で活動されている方によるブログです。

古田武彦が鬼籍に入り、古田史学の会は分解過程に入るだろうと予測はしていましたが、「古田先生の説が誤りだとでもいうのか…」と言った教条的な姿勢では会の将来はないとして、当方は10年ほど前から、佃収研究、百嶋神社考古学に進出し、新たな研究内容で牽引する以外にはなく、問題は2つの全く異なる研究の整合性を多少とも繋げられたら望外の喜びと考えています。

 山ちゃん さんは周辺にも文献史学派の研究仲間をお持ちで、中京地区最大の郷土史会にも入り込んでおられると聴いており、そのうち大きな力を発揮される時が来るであろうと思っています。

 これ以上は申し上げられませんが、実際には、かなりの影響力を持ち始めておられるようです。

 まあ、我々もいつまで活動できるか分かりませんが、種を蒔き、実生が理想ですが、挿し木をしてでも真実の古代史神代史を多少とも残そうと考えています。

 今回のテーマは以下の2本のブログとも関係する話であり、我々が中宮と呼ぶこれまで謎であった若宮神社の神像と関係する内容ですのでお読み頂きたいと思います。

 新ひぼろぎ逍遥

938

続)宇佐八幡宮中宮の若宮神社から近畿大和朝廷の宇佐八幡宮

への変化を探る

937

宇佐八幡宮中宮の若宮神社から近畿大和朝廷の宇佐八幡宮への

変化を探る(共通掲載)


 関東地区でも埼玉県内で一緒に神社調査に協力頂いている若手研究者もおられることから、徐々に研究者は広がりを見せています。

 ただ、その程度では追いつかないのが現状であり、仁徳天皇が応神天皇の子だなどと言った後の藤原が造りでかした大嘘がまかり通っている状況では如何ともしがたいとの思いは消せません。しかし、我々にはやれることをやる以外には方途はないのです。間が抜けた事に、一時期は古田史学の会を追い抜くとまで豪語した九州〇〇史の会も九州王朝論の幟を下ろしているのですからザマないのです。

 2022.03.08

図 宇佐神宮社殿配置図    出典:新ひぼろぎ逍遥Extra”古川清久氏加筆
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上記図の「高良玉垂神秘書」と社殿配置図に注目してください。

高良大明神は神功皇后と夫婦なり。

高良大明神とは、高良玉垂命で第二代住吉様であり、開化天皇です。

境内の住吉神社にはご夫婦で住まわれています。

正統な天皇ではなく藤原氏によって贈られた天皇

八幡信仰

宇佐神宮


1.正統な天皇ではなく藤原氏によって贈られた天皇

応神天皇と仁徳天皇の『古事記・日本書紀』記事は重なっており、両天皇を同時代の人物とする見解が多く見られます。

私見も同様で、正統な天皇ではなく藤原氏によって贈られた贈応神天皇としています。

また、応神天皇を祀る神社を調査すると、両親とされる贈仲哀天皇・神功皇后を除くと皇后や妃並びに御子も祀られていません。

この事実は、応神天皇(諱 品陀和気命・譽田別命・譽津別命を含む)が後世の「八幡信仰」によって祀られた可能性を示唆します。

謎の贈応神天皇に迫るため、八幡信仰と八幡神の本宮とされる宇佐 神宮から検証してみましょう。

2.八幡信仰 (出典:日本大百科全書)、

全国各地に鎮座する八幡神社または若宮八幡社などの名で呼ばれる神社信仰。本宮は宇佐神宮で八幡大神・比売大神・神功皇后をご祭神とし、八幡大菩薩が信仰の対象。我が国の神社信仰の中で最も普及した信仰で、全国に四万余の八幡社があります。

八幡神は、一般に「戦の神・仏教守護神」と云われますが、その信仰の発生・発達は複雑で「海の神・鍛冶の神・秦氏の神・焼畑の神」などの諸説があります。

故百嶋氏の見解は、海神豊玉彦”“鍛冶の神はスサノオとしています。

3.宇佐神宮 大分県宇佐市南宇佐

間違える人も多いので、断っておきますが、宇佐八幡社ではなく、宇佐神宮です。

(1)由緒(同神宮HPより転載)

「御祭神である八幡大神さまは応神天皇のご神霊で、571年(欽明天皇の時代)に初めて宇佐の地にご示顕になったと云われます。応神天皇は大陸の文化と産業を輸入し、新しい国作りをされた方です。

神亀二年(725)現在の地に御殿を造立し、八幡神をお祭りされました。これが宇佐神宮の創建です。(中略)八幡神が祀られた八年後の天平五年(733)に神託により二之御殿が造立され、宇佐の国造は比売大神さまをお祀りしました。

御祭神である八幡大神さまは応神天皇のご神霊で、571年(欽明天皇の時代)に初めて宇佐の地にご示顕になったと云われます。

@ご示顕になった地

宇佐神宮の南東4qのところにある御許山(おもとやま山頂。御許山は別名「馬城峰(まきぼん)」と呼ばれています。

御許山山頂の大元神社  大分県杵築市山春町大字向野

通称宇佐神宮「奥宮」

ご祭神;比売大神(ひめおおかみ)

(大元神社の由緒)

「比売大神が宇佐嶋に降臨された。」と記しています。

比売大神とは、「湍津姫命(たぎつひめのみこと)・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)・田霧姫命(たきりひめのみこと)」いわゆる「宗像三女神」としていますが、これは後世の説で本当のところはわかりません。

福岡県飯塚市大分(だいぶ)  大分八幡宮

ご祭神:応神天皇・神功皇后・玉依姫命

同社は、宇佐八幡宮の本宮、筥崎(はこざき)八幡宮の元宮とも呼ばれています。

『大分宮縁起(だいぶみやえんき)』には、「三十代欽明天皇の御代に豊前国宇佐郡菱形池のほとりで大神比義(おおがひぎ)に「われは誉田天皇広幡八幡麻呂(ほむたてんのうひろはたやはたまろ)なり。」と神霊が顕れました。永く天下に敬われていましたが、宮所を作って神として祀る事がなかったので宇佐に顕れた。」とあります。

同縁起から、示顕の地は、以下のような経緯で伝承されたと考えられます。

最初に御許山に「比売大神」が示顕した。

次に、豊前国宇佐郡菱形池のほとりで大神比義に神託がおり、「誉田天皇広幡八幡麻呂」が示顕した。

A「比売大神」とは

ブログ新ひぼろぎ逍遥を主催する古川清久氏説

比売大神は、神武天皇の御母神玉依姫(おんははかみたまよりひめ)」

神玉依姫は白族統領大幡主の姉で、御子は神武天皇です。

大幡主の後継者豊玉彦は、その名が示すように「豊国王」でもありました。

ブログ神社見聞牒を主催する宮原誠一氏説

比売大神はアカル姫

アカル姫は、豊玉彦の姉でスサノオの正妃。御子には市杵島姫があります。

図 御許山の「大元神社」周辺地図

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(2)宇佐神宮の境内

大神比義が神託を受けた「菱形池」の周囲には境内摂社が取り巻いています。

大神比義は「阿蘇族川上猛」の末裔で、藤原氏の先祖に繋がる人物です。


@同神宮が特別視する上宮の「二之御殿

図の左上部「上宮拡大図」の中央が「二之御殿」です。

祀られているのは「比売大神」です。

注)現在は創建年度順に祀られています。

一之御殿 八幡大神 誉田別命 創建725

二之御殿 比売大神(宗像三女神としています)創建733

三之御殿 神功皇后 創建823

配置図では、二之御殿が神の位置である中央に配置されています。現在は消失しています

が、御殿の前には勅使門と申殿(さるでん)が建っていました。

勅使門は天皇かもしくは勅使が入る門で、中央の二之御殿に祀る「比売大神」が「最初に

示顕した神であり、宇佐神宮の本来の祭神」と考えられます。

故百嶋氏は「一之御殿の後見人は海幸彦こと天児屋根命(あめのこやねのみこと)、すな

わち春日大神(かすがおおかみ)、二之御殿の後見人は天之御中主(あめのみなかぬ

し)、三之御殿の後見人は開化天皇」と述べています。

図  「宇佐神宮境内」案内マップ  出典:同社HP


A境内摂社

○若宮神社(若宮五神)

ご祭神:仁徳天皇・大葉枝皇子(おおはえおうじ)・小葉枝皇子(こはえおうじ)・隼

總別皇子(はやぶさわけおうじ)・雌鶏皇女(めんどりおうじょ)

写真  宇佐神宮摂社若宮神社   出典:同社HP

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黒男(くろどん)神社ご祭神:武内宿禰(たけうちすくね)

春宮(とうぐう)神社

ご祭神:莵道稚郎子命(うじにわかいらっこのみこと)

宇佐祖(うさのおや)神社

ご祭神:宇佐津彦・宇佐津姫

水分(みずまくり)神社 ご祭神;罔象女神(みずはのめのかみ)

スサノオの最初の妃、大山祇命(おおやまづみのみこと)と草野姫(かやのひめ)の王女で、弟は大己貴命(おおなむちのみこと)後の大国主。

八坂神社ご祭神:スサノオ命

B上宮が祀る神を後見する神社

一之御殿を後見する春日神社

ご祭神:海幸彦こと草部吉見命(かやべよしみのみこと)、またの名に天忍穂耳命・大年神・天児屋根命・後の贈孝昭天皇

二之御殿を後見する北辰(ほくしん)神社

ご祭神:天之御中主、白川伯王の姉、またの名に白山姫・菊理姫など。夫は金官伽耶国王越智族金越智またの名ウマシアシカビヒコチ。二人の間の御子には大山祇命と神大市姫(かみおちひめ)があります。

三之御殿を後見する住吉神社

ご祭神;神功皇后の夫三男底筒男神(そこつつおのかみ)こと開化天皇

図 宇佐神宮社殿配置図   出典:新ひぼろぎ逍遥Extra”古川清久氏加筆

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