2021年02月09日

ビアヘロ172 2021年1月8〜9日豪雪に見舞われた日田市天瀬町の研修所

ビアヘロ172 2021189日豪雪に見舞われた日田市天瀬町の研修所

20210109

太宰府地名研究会 古川 清久


 今回は2021年年頭にやってきた久々の積雪により一面真っ白となった研修所の周辺の雪景色を紹介することにします。

無題.png

三年前でしたか氷点下9度に襲われましたが、今年も二度の大雪(豪雪地帯の皆さんにはこの程度は何でもないでしょうが)で、連日―5〜―7度の寒さに耐えています。

 温泉が無ければこんな寒さには耐えられないのですが、一日中温泉に入ろうかと浴槽に専用の古いパソコンを持ち込んで動画を見ようとも考えています。

 実際、地上波もBSも最低の内容で、世界最高品質のTVで世界最低の番組を見せられているのが現在の日本人なのです。

 チャンネルを入れても韓流ドラマに、中古ドラマ、馬鹿芸人にオカマと外人、ハーフばかりのバラエティではさすがにコマーシャルも付かなくなっており、プロパガンダ放送を誰も見なくなる事でしょう。

無題.png
無題.png

全国の古代史研究者、神社研究者で九州の現地調査に入りたい方には、1000円の入会費をお支払いいただけば会員扱いとしますので、気兼ねされる向きには、以後、日料1000円のカンパ提供程度で利用して下さい。拠点が出来れば思いっきり九州の史跡、神社の探訪ができるはずです。連絡は090-6298-3254まで。

 冬でも最大56人は泊まれますし、重要な洗濯機、電気釜、電子レンジ、IHIコンロなど大体揃えてあります。

 最寄駅はJR久大線天ケ瀬温泉駅(車で510分)、高速道路は大分自動車道高塚IC又は玖珠IC


2021年年頭からとにかく寒い日が続いています。だからCO2温暖化論はデマだとは言いませんが(これは国家的大嘘には変わりがないのです)、少しは骨身に滲みて頂きたいと思います。

 二年前から言っていましたが、案の定東京オリンピックは中止になりそうです。こんなものは腐敗したヨーロッパ没落貴族の勧進相撲でしかないのであり、賄賂取り放題で、偉そうに開催国を選定している連中なのです。せっかく、灼熱の東京五輪で死者続出を期待し永久に中止になる事を期待していたのですが、

そもそも中止になるのなら只の巨大なヒート・アイランド現象を温暖化と称している馬鹿さ加減では、科学的思考も育たず、技術立国日本も凋落の一途をたどる事でしょう。米国選挙も含め不正は丸分かり!

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | ビアヘロ

2021年01月12日

ビアヘロ171 丁巳歴史塾と太宰府地名研究会の合同トレッキング 太宰府地名研究会2021年1月以降のスケジュール

ビアヘロ171 丁巳歴史塾と太宰府地名研究会の合同トレッキング 太宰府地名研究会20211月以降のスケジュール

20201217


太宰府地名研究会 古川 清久


今回は重要なトレッキングを実施しますので新たに資料を公開しオープン参加を行ないます。



太宰府地名研究会トレッキング佐賀県東部地区「神功皇后は佐賀県

(旧三瀬〜脊振村)山内で生れた」

2021117日(日)10:00〜(予定)

集合:佐賀県神埼郡吉野ヶ里町三津775 東脊振健康福祉センターきらら館

(東背振IC南隣)0952-51-1618

@ 白鬚神社   佐賀市久保泉町川久保3466    ○○丸姓のルーツ

葛城一族の始点

A 勝宿神社   佐賀市久保泉町大字川久保4199  高良山奪還運動を

行なった高良玉垂命の後裔神代勝利

B 一言主神社  神埼市脊振町鹿路2036      初期葛城氏の拠点

旧脊振村桂木に一言主神社が…

C 野波神社   佐賀市三瀬村杠1358       唯一神功皇后の父

息長宿祢 母 葛城高額媛を祀る神社

D 下ノ宮    佐賀市三瀬村杠(野波神社から数百メートル北 ご両親を

祀る神社 神功皇后は三瀬で誕生

E 大願寺廃寺  佐賀市大和町大字川上3787-1   ヤマトタケルの

熊襲退治の現場は川上峡からこの一帯

 ※これだけでもこの一帯がいかに重要な古代九州王朝発生期の舞台だった

ことが分かるはずです。



新年117日新入メンバーと2017年のトレッキングに参加できなかった方を対象にトレッキングを行ないます。

全部のご紹介はできませんが、このトレッキングのハイ・ライト・スポット三瀬の野波神社とその奥の下ノ宮をご紹介致します。詳しくは


ひぼろぎ逍遥(跡宮)489 神功皇后は佐賀県の脊振山中で産まれた!宮原誠一の「神社見聞諜」からの転載” をお読み頂くとして、ここでは概略をお話しします。以下の通りです。


神功皇后は佐賀県の脊振山系(神埼市旧脊振村〜佐賀市旧三瀬村)で産まれた


神功皇后は14仲哀天皇皇后として「日本書紀」では「気長足姫尊」とされます。仲哀天皇崩御から応神天皇即位まで初めての摂政として約70年間君臨したとされます(在位:神功皇后元年10〜同皇后694)。

彼女は仲哀死後も闘い続け三韓征伐までも行ったとされますが、ただ、通説による出自については“滋賀県の琵琶湖の周辺だろう…何故ならその後裔を主張する氏族がその一帯に居たからだ”。と言った程度の話でしかないのです。ところが佐賀県の三瀬村には半世紀前に造られた北山ダムに沈むとしてさらに後のゴルフ場建設により二度移転された神功皇后を祀る野波神社があり、さらにその北数百メートルには両親を祀る下ノ宮があるのです。

その両親、父息長宿祢が三瀬に、母葛城高額媛が背振の鹿路(桂木)に居たと考えられ、彼女が母神の地(桂木)で生れた可能性を否定できないのです。写真右は「高良玉垂宮神秘書同紙背」より切出したもの。

無題.png

無題.png我々の及ぶ範囲ですが全国に神功皇后のご両親を祀る神社など一切存在しません。ところが脊振山中には両親を祀る神社があるのです。一般的に神功皇后は滋賀県の米原辺りの息長氏の一族であろうとか、元々近江出身なのであろうなどと通説に沿い好い加減な説がまかり通っています。数年前も、米原周辺から琵琶湖西岸〜北岸一帯の神功皇后に関連する史跡を見て来ましたが、我々に言わせれば只のテーマ・パークでしかなく、志賀島の海人族の進出に併せ移住したとしか思えないのです。そうです。滋賀県は志賀島の、旧曇川町は安曇族のさらには安土桃山の安土城の安土も安曇族の展開を意味するものなのです。さて、北部九州の神功皇后伝承が「日本書紀」に合わない部分が多々ある事は知られていますし、どうやら、肥前の神功皇后伝承も唐津を除いて消されているようです。世には「日本書記」をベースに神功皇后を追い求められるマニア方も居られますが、このような明瞭な伝承が残されている事も知るべきでしょう。また、この脊振〜三瀬を北に降った直下の福岡県那珂川市には神功皇后伝承のハイライトとも言うべき裂田の溝(ウナデ)があるのです。この地に関しては百嶋神社考古学で追及している仲哀死後の神功皇后と高良玉垂命(この時点では天皇位には上がっていない)=開化天皇とが実際に住んでいた可能性があり、脊振、三瀬が古代の安全な居住地であった事も推定できるのです。併せて佃収先生が追求めた古代葛城の地旧背振村の鹿路(桂木)も場所が異なっていると考えるべきかと思うものです。

無題.png

無題.png
posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | ビアヘロ

2021年01月09日

ビアヘロ170 丁巳歴史塾と太宰府地名研究会の合同トレッキング 太宰府地名研究会2021年1月以降のスケジュール

ビアヘロ170

丁巳歴史塾と太宰府地名研究会の合同トレッキング 太宰府地名研究会20211月以降のスケジュール

20201217

太宰府地名研究会 古川 清久


丁巳歴史塾と太宰府地名研究会の合同トレッキング 太宰府地名研究会20211月以降のスケジュール


北九州を中心に活動する丁巳歴史塾との提携が始まった矢先に武漢肺炎ウイルス問題により6ケ月の中断を余儀なくされましたが、910月から徐々に活動を再開しています。また、新たな感染拡大もあり先が見えません。

無題.png

最近、新規の参加希望者が出てきています。以前に会としてのトレッキングを行なっているため既に参加された方は重複する事から対象外として、12月以降、新規の参加者初見の神社を優先し、熊本、佐賀、大分方面の神社に対して小回りの利く小規模トレッキングを行ないたいと思います。前回参加できなかった方は参加ください。


 今回は2021年度年頭の講演会及び神社トレッキングのスケジュールを公開します。

 大きな環境変化がない限り予定通り行います。

 今後、メンバーの各々のサイトでもスケジュールを掲載する方向で検討したいと考えています。

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | ビアヘロ