2022年08月12日

905 筑豊から消された諏訪神社 C  “事代主命再考” 大国主命の長子という振れ込みについて

905 筑豊から消された諏訪神社 C  “事代主命再考” 大国主命の長子という振れ込みについて

20210904

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


事代主命の素性はあまり知られてはいません。僅かながら百嶋由一郎氏の神代系譜(前ブログで公開していますが)にその片鱗を確認出来るものがありますので確認しておこうと思います。

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勿論、事代主神社として検索していますのでこれくらいの数でない事は確かであり、境内までの道を数百人が走り歳男を選ぶと言う有名な兵庫県の西ノ宮恵比須神社も事代主を祀る神社であることは言うまでもありません これもグーグルでは拾っていません


念のために恵比須神社でも福岡県の分布を見ておきたいと思います

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古古代ヘブライ系ですので、一応、東北も見ておきましょうこの一帯の主な恵比須神社の分布

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904 筑豊から消された諏訪神社 B  “事代主命再考”「事代主のブログ」氏と伴に に於いて、恵比須 様は古々古代ヘブライ系の民族であり、商売人であったという話をしました。

今日だからこそ多くの小売店、大型小売店が幅を効かすようになっていますが、古代、神代は元より江戸期まで都市部を除いて小売店などは少なく、祭りの縁日などに神社の参道での販売、購買が一般的で、そこでの売り上げと言うものは非常に大きく、神社もキックバックも得られ共存共栄の関係にあったのでした。

従って、この恵比須の一族は土地に根差した経済ではなく、ましてや国土開発などと言う物からは遠く離れた集団だったのです。

従って、商売の権益さえ保障(補償)され金儲けさえ認められれば、国がどうなろうが関係ない集団だったのです(まるで竹○平○の様な○国奴ですが…それは古くから列島にもいたのでした)。

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当然にも、美保ケ崎周辺にも恵比須神社は大きな分布を示しています。

 今回は、分布を確認するため図表だけになりましたが、では、何故、商売人としか思えない神代、古代以来の商人が鯛を脇に抱え込み釣竿を持ったスタイルで祀られ、しかも、大国主と並ぶ恵比須、大黒像が複合体としてセットで普及したのでしょうか?

 これについてはまだ目途が付いていませんが、「メンバーの事代主のブログ」氏から新たな情報が入りました。その内容は百嶋神社考古学から外れ、グループとしては容易に受け入れがたいものではあるのですが、さらに掘り下げる価値ある物になるのかも知れません。

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記
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