2021年04月21日

808(中) 思えば良くも悪くも書いてきたものだ ひぼろぎ逍遥のリストを見直す A

808(中) 思えば良くも悪くも書いてきたものだ ひぼろぎ逍遥のリストを見直す A

20191231

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久



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日田市の会処宮について “「事代主のブログ」からの転載”@

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2019年年頭に那珂川市の神社を探索する “新春那珂川三社巡りトレッキングに参加を”

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日田の大原八幡神社も物部の神社だった “大分県日田市の大原八幡宮”

703

大原八幡神社は物部の神社だった “福岡県みやこ町の大原八幡神社”

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大原八幡神社は物部の神社だった “福岡県苅田町の大原八幡神社”

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福岡県苅田町での神社と古墳のトレッキングから 今回は資料だけをお見せします

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白浪五人男も天御中主系の人々ではないのか

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艦内神社の起源について

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田ノ浦 C

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田ノ浦 B

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田ノ浦 A

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田ノ浦 @

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崖 墓

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塘(トモ) “菊池川中流の小平野”

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川辺(カワペ)A

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川辺(カワペ)@

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志波彦神社(塩竈市)の志波彦とは塩土老翁か豊玉彦か?

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阿蘇山を中心に“ピラミッドの法則”により肥後の11の神社が精密に配置されている!

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九州王朝成立前夜の解明へ C “出雲の地名起源から伊豆の伊豆山神社までを考える”

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船 越

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苧扱川(オコンゴウ)

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丸 山

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杵 島 C

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杵 島 B

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杵 島 A

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杵 島 @

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ポルトガル宣教師が見た四百年前の八代海 (上)

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ポルトガル宣教師が見た四百年前の八代海 (下)

678

「有明海」はなかった

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瀬戸石崩れ “語り継ごう…球磨川で起こった自然ダム決壊による大災害の記憶”(下)

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瀬戸石崩れ “語り継ごう…球磨川で起こった自然ダム決壊による大災害の記憶”(上)

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亀甲船に乗った浦島太郎は亀に乗ったと言われた…

674

鹿島、香取も有明海〜不知火海一帯から移動したのではないか?

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「タマ」とは何か? “ラフ語の女性称”

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普通の九州王朝論者が全く知らない九州王朝の秘密について (概説)

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全国の九州王朝論者の皆様へ…現地九州での九州王朝研究のお寒い実態から

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赤村の超巨大古墳 M  筑豊に卑弥呼の墓と騒がれる古代史研究の脆弱さに憂える

669

神武や天照のご先祖の故地は梅里(メイリー)“呉の太伯王が住み着いた無錫”

668

猿田彦は何故“猿田彦”なのか?

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西原村復興のための歴史カフェ“伊藤女史による4回シリーズの「聖徳太子研究」”へのチラシ

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陸奥の志波彦神社 鹽竈神社 とは福岡県朝倉市志波から進出した豊玉彦系氏族が奉斎する神社(下)

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陸奥の志波彦神社 鹽竈神社 とは福岡県朝倉市志波から進出した豊玉彦系氏族が奉斎する神社(上)

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(再掲載)浦島太郎はなぜ亀に乗って竜宮城に向かったのか? (拡大編)

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続)徳島の天津司神社 @〜A  “四国の「もう一つの歴史教科書問題」氏による近稿からの転載”

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徳島の天津司神社 @〜A  “四国の「もう一つの歴史教科書問題」氏による近稿からの転載”

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「風呂地名」の解明へ “千葉県の例から”

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浦島太郎はなぜ亀に乗って竜宮城に向かったのか? (拡大編)

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浦島太郎はなぜ亀に乗って竜宮城に向かったのか? (本編)

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浦島太郎はなぜ亀に乗って竜宮城に向かったのか? (導入編)

657

有明海、不知火海沿岸の猿田彦神社探訪から見えた神像の素性について

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続)徳島の天津司神社 @〜A  “四国の「もう一つの歴史教科書問題」氏による近稿からの転載”

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徳島の天津司神社 @〜A  “四国の「もう一つの歴史教科書問題」氏による近稿からの転載”

654

阿波の天津賀佐彦神社は神武巡幸の痕跡なのか? “徳島県美馬市美馬町西荒川”

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登美能那賀須泥毘古の一族が居た可能性のある地名を調べて見た

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登美能那賀須泥毘古後裔の神社 唐津市相知町伊岐佐の三光神社に参拝

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トルコ系匈奴が持ち込んだ地名について 

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「魏志」伊都の長官「爾支」(ニキ)を祀る神社

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「伽耶」地名について百嶋メモから

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「桜川」

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SK建設によって水没させられたパテト・ラオの村々の悲惨を思う” @

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出羽から陸奥への道 番外 続“山を森と呼ぶ人達”

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北海道は江差の姥神大神宮と宮地嶽神社 A

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北海道は江差の姥神大神宮と宮地嶽神社 @

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続)タシクルガン(石頭城、石城山)Ta Shi Ku Er Gan Lu 

642

真備町の水没は小田川上流にダムを造りたいダム屋のサボタージュか?

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タシクルガン(石頭城、石城山)Ta Shi Ku Er Gan Lu

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ひぼろぎ逍遥(跡宮)576 宮地嶽神社の戦前の祭神 阿部相凾宮地嶽大明神 について の転載

639

天照大御神の母神は播磨の佐用町で祀られている “百嶋神社考古学概論入門編 A”跡宮から転載

638

出羽から陸奥への道 番外 “真室川音頭の真室川についての妄想” 跡宮からの転載版

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ヒョウカリイライ(馮河黎来)改訂版

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ひぼろぎ逍遥(跡宮)からの転載 590 出羽から陸奥への道 I “青森県五戸町の高良神社”

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ひぼろぎ逍遥(跡宮)からの転載 583 出羽から陸奥への道 B “兵庫県豊岡市の高良神社”

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キリシタン史跡世界文化遺産登録に狂奔する列島文化の堕落を撃て

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倉敷市真備町の全町水没はダムを造りたい国土交通省のダム屋共が引き起こした!

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上総国の龍宮 一宮町 玉前神社 (下)

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上総国の龍宮 一宮町 玉前神社 (上)

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ことしもそのうちやってくる真夏の都市型豪雨も国土交通省が引き起こしたもの 

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異常なほど暑い夏は戦後70年掛けて国土交通省と農水省が引き起こした 

628

「風呂地名」の解明へ “それは行水への思考回帰から始まった”A

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「風呂地名」の解明へ “それは行水への思考回帰から始まった”@

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行政が引き起こした列島のヒート・アイランド化によって豪雨と災害と灼熱地獄が発生した A

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行政が引き起こした列島のヒート・アイランド化によって豪雨と災害と灼熱地獄が発生した @

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日本版ニューオーリンズと化した倉敷市真備町の全町水没

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ヒョウカリイライ(馮河黎来)

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全国の神社研究者の皆さん研修所に泊まって神様の本場の九州を訪ねませんか? 

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古代史を学べば少しながらも現代から未来が見えてくる

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百嶋神社考古学から古代を考える“全国の九州王朝論者に向けてその未来を訴える”

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出羽から陸奥への道 I “青森県五戸町の高良神社”

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出羽から陸奥への道 番外 “真室川音頭の真室川についての妄想”

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出羽から陸奥への道 S“東北遠征を終えて手にした小さな成果について”「跡宮」からの転載

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出羽から陸奥への道 A “山を森と呼ぶ人達”       ひぼろぎ逍遥(跡宮)からの転載

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肥後に命脈を保つ金春流能楽と幸若舞 (下)

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肥後に命脈を保つ金春流能楽と幸若舞 (上)

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キリシタン史跡世界文化遺産登録に狂奔する列島文化の堕落を撃て

612

合同トレッキングで訪れた羽白熊鷲終末地の田神社 “朝倉市矢野竹の矢野竹神社”

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大分〜福岡合同トレッキングで再び訪ねた大原宮 “大分県日田市の大原八幡宮”

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神武天皇の母神は千葉県一ノ宮町に祀られている “百嶋神社考古学概論入門編 B”

609

天照大御神の母神は播磨の佐用町で祀られている “百嶋神社考古学概論入門編 A”

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百嶋由一郎最終神代系譜から見る列島の神代 “百嶋神社考古学概論入門編 @”

607

全国調査にご協力いただける方を探しています

606

鞍形尾神社(大原八幡宮=元々宮)についての下調べ

605

秋田、青森の神社調査に行きたい

604

粗削りな鳥居が魅力的な 糸島市(旧二丈町)の大田神社 再訪

603

菅原道真が落ち延びた鹿児島県薩摩川内市の藤川天神への10人トレッキング準備資料 A

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菅原道真が落ち延びた鹿児島県薩摩川内市の藤川天神への10人トレッキング準備資料 @

601

姉川と妹川と2018年を前にして「里芋正月」を考える

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花の舞鎮の先に鎮座する式内社 “京都府舞鶴市の阿良須神社”

599

花に浮かぶ八幡神社 “山口県山口市阿東の徳佐神社”

598

遠い古代に佐賀県東部と筑後から琵琶湖周辺に移動した人々について (縮刷版)

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2018年に頂いたある年賀状から「壊国」の日本を思う

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内倉武久ブログ“神功皇后は佐賀の山中で生まれた? 謎の女性天皇♂明に新資料”の転載

595

伊吹山(滋賀県)調査事前準備資料

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石田泉城 古代日記 コダイアリーと肥さんの夢ブログ(中社)と提携しました

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赤司八幡宮とは何か? “福岡県久留米市北野町赤司”

592

古川と言う家系について E

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橘一族三分流の「牛嶋姓」の起源は何か?

590

311から七年目の現在

589

四国から山陰へ9車中泊10日の神社調査で見た最も印象深い一社

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九州王朝研究者の人的資質について

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大川上美良布神社(香美市)には正面の聖神社の孝元天皇の孫にあたる仁徳天皇も祀られている

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別役神社祭礼の日の前に見た心惹かれる一社“孝元天皇を祀る高知県香美市香北町の聖神社”

585

隠国(こもりく)の泊瀬(はつせ)“高知県の長谷寺の十二所大権現とは何か?”

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高知県の物部川流域にひそりと息づく仁位田神社

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別役神社の祭礼に参加してきました

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エントラーダ デ プロイビーダ entrada de prohibida 「立入禁止」

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雪深い島根の山奥で発見した仁徳天皇 “島根県吉賀町上高尻若宮神社”

580

雪深い島根の山奥には大山祗祭祀が幾らもある “島根県吉賀町下高尻大山祗神社”

579

十種ケ峰の麓に金山彦が鎮座する “山陰 津和野の愛宕神社

578

古川という家系について D “橘氏系図補足”

577

忘れ去られた明治の北白川宮能久親王の石碑について ”熊本県山都町長崎”

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古川という家系について C “「橘町の歴史」から”

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古川という家系について B “「小鹿島橘氏」の治承・寿永内乱―から”

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藤川天神再訪 “鹿児島県薩摩川内市藤川”

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藤川天神の下見で遭遇した興味深い地名について“旧祁答院町馬頃尾(現薩摩川内市)”

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鹿児島県姶良市寺師の大王神社初見

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南阿蘇に急造された新興パワー・スポット “高森町の上色見熊野座神社”

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熊本県西原村鳥子の鳥子阿蘇三之宮神社再訪 

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記
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