2021年04月15日

806(中) 思えば良くも悪くも書いてきたものだ ひぼろぎ逍遥(跡宮)のリストを見直す A

806(中) 思えば良くも悪くも書いてきたものだ ひぼろぎ逍遥(跡宮)のリストを見直す A

20191231

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


現在は更に増え(ストックも含め)ています。

810

集合場所とした大分八幡宮も考えましょう “福岡県飯塚市大分の大分八幡宮”

809

筑豊にも白山姫を祀る神社が在る “福岡県飯塚市上三緒の白山神社”

808

思えば良くも悪くも書いてきたものだ ひぼろぎ逍遥のリストを見直す A

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思えば良くも悪くも書いてきたものだ ひぼろぎ逍遥のリストを見直す @

806

思えば良くも悪くも書いてきたものだ ひぼろぎ逍遥(跡宮)のリストを見直す A

805

思えば良くも悪くも書いてきたものだ ひぼろぎ逍遥(跡宮)のリストを見直す @

804

北九州市若松区には九州王朝系神社ばかりが鎮座していた…“若松の

神社調査の下調べとして”

803

福岡県篠栗町の神社トレッキングで百嶋由一郎氏が書いた看板を発見した

802

祭神の組み合わせに魅かれる“津和野町 弥栄神社”

801

祭神の組み合わせに魅かれる“津和野町 太鼓谷稲荷神社”

800

集合場所とした大分八幡宮も考えましょう “福岡県飯塚市大分の大分八幡宮”

799

筑豊にも白山姫を祀る神社が在る “福岡県飯塚市上三緒の白山神社”

798

筑豊にも大山祗を祀る三嶋神社が在った “福岡県飯塚市菰田東の三嶋神社”

797

筑豊に本物の神武天皇とその母神を祀る神社があった “福岡県飯塚市高祖神社”

796

諸塚村再訪 C(諸塚元宮) “諸塚山頂の神々の画像を貰いました”

795

諸塚村再訪 B (桂神社) “宮崎県諸塚村の桂神社とは一体何か?”

794

淡路島にはもう一つの高良神社があった “南あわじ市に九州王朝の没落を見た”

793

始めて踏む淡路島の高良神社を確認した “兵庫県南あわじ市“

792

諸塚村再訪 A(七つ山) “宮崎県諸塚村の二つの七つ山と二つの桂正八幡神社”

791

諸塚村再訪 @(太白) “宮崎県諸塚村七つ山諸塚神社”

790

15年来の謎だった熊本県多良木町久米の思川(オメゴウ)の意味が

少し解けてきた A 波津

789

15年来の謎だった熊本県多良木町久米の思川(オメゴウ)の意味が

少し解けてきた @ 思川

788

球磨川以南の肥後の神社を少しずつ A “熊本県旧田浦町井牟田の金山神社”

787

球磨川以南の肥後の神社を少しずつ @ “熊本県旧田浦町波多島の矢具神社”

786

通夜の帰りに筑後と肥後の境界領域の初見の神社を訪ねて見た 

“熊本県南関町の熊野座神社”

785

事代主のブログ氏の案内で宮若〜飯塚〜嘉麻の筑豊三市の神社に

再訪 D 嘉麻市の荒穂神社

784

事代主のブログ氏の案内で宮若〜飯塚〜嘉麻の筑豊三市の

神社に再訪 C 飯塚市の日若神社(下)

783

事代主のブログ氏の案内で宮若〜飯塚〜嘉麻の筑豊三市の

神社に再訪 B 飯塚市の日若神社(上)

782

呉国との通信 江蘇省在住の列島の呉の研究者からのメールにお答えして

781

筑豊 赤村の巨大古墳?にも近接する 大仰な名の大祖神社、太祖神社

とは何なのか?

780

事代主のブログ氏の案内で宮若〜飯塚〜嘉麻の筑豊三市の神社を再訪 

A 嘉麻市の馬見神社

779

事代主のブログ氏の案内で宮若〜飯塚〜嘉麻の筑豊三市の神社を再訪 

@ 宮若市の天照宮

778

芥屋の大門の参拝神社か…二人の妙齢の美女に随行し糸島の大祖神社を

訪ねてみた A

777

芥屋の大門の参拝神社か…二人の妙齢の美女に随行し糸島の大祖神社を

訪ねてみた @

776

新たに熊本市内に雨宮を発見した “南熊本駅からの帰路発見した

江津湖に近い雨宮”

775

南阿蘇で見落としていた重要な一社 “旧白水村 明神池遊水池と塚群神社”

774

No.121 祓戸の大神(瀬織津比)と櫛稲田姫A “宮原誠一

の神社見聞牒からの転載”

773

No.120 祓戸の大神(瀬織津比)と櫛稲田姫@ “宮原誠一

の神社見聞牒からの転載”

772

沖縄の波上神社とは何か? “ノロの修行に通っているN女史から

波上宮のお札を頂いた”

771

菊池氏とは大山祗系の民族だった!“内倉武久氏ほか4人で宮崎熊本

県境の狭上稲荷神社に…”

770

熊本の二人の女性と博多の櫛田神社を二時間掛けて観察した

769

孝霊天皇と細姫との神像を発見か

768

出雲神話の舞台は九州との仮説を信じられない方に対して

どうしたら関心をもって頂けるかと…A

767

出雲神話の舞台は九州との仮説を信じられない方に対して

どうしたら関心をもって頂けるかと…@

766

草部吉見から大国主命傘下に移行した市杵島姫

765

八心大市比古を祀る富山の古社への下調べ

764

再び「牟礼」地名を考える

763

草部吉見の政略結婚を考える

762

出雲(旧朝倉郡)の国譲りの背景を考える

761

熊本市にも神武天皇の母君を祀る神社があった

760

博多周辺の天降神社と祭神の東西分裂をどう見るか

759

宮崎市の熊野神社をどう考えるか

758

宮崎県国富町の赤池神社に猿田彦をどう考えるか

757

宮崎市の木花神社から宮崎神話をどう考えるか 下(大将軍社とは何なのか?)

756

宮崎市の木花神社から宮崎神話をどう考えるか 上(宮崎神話日向三代への藤原の介入)

755

日南海岸の鵜戸神宮の元宮か高鍋町の鵜戸神社再訪

754

天御中主命〜大幡主〜ヤタガラスのご先祖様がいた土地とは

753

県境を越えた足元にも九州王朝系神社があった “熊本県小国町

小川内、下城の若宮神社” 

752

地元の鉾納社に15年ぶりに訪問した A “熊本県小国町黒渕の草部吉見系神社” 

751

地元の鉾納社に15年ぶりに訪問した @ “熊本県小国町黒渕の草部吉見系神社”

750

宇佐の金屋の南姓は難升米の後裔氏族か?(再々考)“全国の川上神社の

祭神を調べよう”

749

宇佐の金屋の南姓は難升米の後裔氏族か?(再考)“一体川上神社とは何なのか?”

748

宇佐の金屋の南姓は難升米の後裔氏族か?(下)“金屋集落は廻船業者の街”

747

宇佐の金屋の南姓は難升米の後裔氏族か?(中)“金屋の南さんとは何か”

746

宇佐の金屋の南姓は難升米の後裔氏族か?(上)“駅館川河口を見下ろす川上神社”

745

阿蘇山上神社トレッキングから阿蘇氏始祖惟人の系譜を疑う

744

平成の御代替わりの阿蘇山上神社トレッキングから阿蘇神社の祭神を再考する

743

伊勢から紀伊の神社調査への下調べとして G “伊賀市の山奥に若宮が…”

742

伊勢から紀伊の神社調査への下調べとして F “主神として大市姫を

祀る神社があった”

741

伊勢から紀伊の神社調査への下調べとして E “伊勢市の伊雑宮(佐美長神社) ”

740

伊勢から紀伊の神社調査への下調べとして D “伊勢市の猿田彦神社”

739

伊勢から紀伊の神社調査への下調べとして C “鈴鹿市の椿大神社”

738

伊勢から紀伊の神社調査への下調べとして B “稚日女尊を祀る香良洲宮”

737

白川郷をパスして

736

阿蘇山上神社から阿蘇氏の祭神を再考する

735

合掌造りの里富山県五箇山の菅沼集落の塩硝小屋

734

合掌造りの里富山県五箇山で見た住吉神社の門光紋

733

合掌造りの里富山県五箇山で見た五七の桐紋 “相倉集落の地主神社”

732

米水津湾の神々 C “米水津竹野浦の天満宮の写真が消えた〜代わり

に津久見市の石鎚神社”

731

米水津湾の神々 B “大分県佐伯市米水津小浦の粟島神社”

730

米水津湾の神々 A “大分県佐伯市米水津宮野浦の天満宮の景行伝承”

729

米水津湾の神々 @ “大分県佐伯市米水津色利浦の立岩神社の衝撃”

728

越前大野の篠座神社初見 (続編)“九頭竜川が生み出した大平野に

蟠踞する大国主祭祀”

727

越前大野の篠座神社初見 “九頭竜川が生み出した大平野に蟠踞する

大国主祭祀”

726

比沼麻奈爲神社初見 “京丹後にもう一つの元伊勢を見出した”

725

佐用都比賣神社(兵庫県佐用町)の奥の院伯母宮は天照大御神の母神を祀る

724

伊勢から紀伊の神社調査への下調べとして A 右離れ立ち葵の神紋を

持つ奈良の墨坂神社

723

伊勢から紀伊の神社調査への下調べとして @ 伊賀の国の一宮 敢國神社

722

僭越ながらようやく稲荷が少しは分かってきたような気がしています

721

那珂川市の伏見宮とは何か? “百嶋翁から伏見稲荷の元宮と聴いた

那珂川の伏見宮”

720

人吉在住の女性によるblog「ひろっぷ」のご紹介

719

福岡県糸島市の桜井神社再考(下)

718

福岡県糸島市の桜井神社再考(中)

717

福岡県糸島市の桜井神社再考(上)

716

福岡県那珂川市の現人神社とは何か?(下)

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福岡県那珂川市の現人神社とは何か?(上)

714

天草市本渡の繭姫神社とは何か?

713

美作国 津山の南に白雲皇帝を探して

712

亡命した菊池氏によって持ち込まれた狭上(サエ)稲荷神社が

今も西米良村の最深部で息続ける(下)

711

亡命した菊池氏によって持ち込まれた狭上(サエ)稲荷神社が

今も西米良村の最深部で息続ける(上)

710

南北朝争乱期に奮闘した菊池氏のゲリラ戦根拠地宮崎県西米良村村

所の村所八幡宮初見

709

神無月ですから少し変わった「出雲」の話をしましょう A

708

神無月ですから少し変わった「出雲」の話をしましょう @

707

人吉盆地の懐深く冬至祭に巡る神社トレッキング A

706

人吉盆地の懐深く冬至祭に巡る神社トレッキング @

705

福津市の須多田古墳から天降神社を考える “伊藤まさこ女史による

古墳の考察から”A

704

福津市の須多田古墳から天降神社を考える “伊藤まさこ女史による

古墳の考察から”@

703

人吉盆地 あさぎり町久鹿の天子神社の「クシカ」とはトルコ系匈奴の

地名ではないのか? A

702

人吉盆地 あさぎり町久鹿の天子神社の「クシカ」とはトルコ系匈奴の

地名ではないのか? @

701

福津市の須多田天降神社古墳の主を教えて欲しいと問合わせされた

寺島さんのルーツについて

700

福津市の天降神社の祭神と須多田天降神社古墳の主を教えて欲しい

との乱暴なお問合わせに…

699

百嶋先生が言われていた宮司や禰宜による秘密の勉強会について

698

神無月ですのでもう少し出雲についてお話ししましょうか

697

物部の大原足尼命を祀る日田の大原八幡神社とは何か?

696

日田の大原八幡神社も物部の神社だった “大分県日田市の大原八幡宮を疑い再考へと”

695

大原八幡神社は物部の神社だった “福岡県みやこ町の大原八幡神社”

694

大原八幡神社は物部の神社だった “福岡県苅田町の大原八幡神社”

693

福岡県苅田町での神社と古墳のトレッキングから 今回は資料だけをお見せします

692

百済来川が球磨川に注ぐ “球磨川流域の百済来と多良木”

691

人吉盆地の奥深く鎮座する熊野神社の正体を見たのか? “熊本県

あさぎり町岡留熊野坐神社”

690

橘一族を考えるに際して“神主玉の流れから橘一族が生れた”C 

勝手ながら玄松子様から

689

橘一族を考えるに際して“神主玉の流れから橘一族が生れた”B 

百嶋神代系譜から

688

橘一族を考えるに際して“神主玉の流れから橘一族が生れた”A 

関東ビューローから

687

橘一族を考えるに際して“神主玉の流れから橘一族が生れた”@ 

関東ビューローから

686

伊豆能売の神とは何か? F “大本教の伊都能売神諭から”

685

宮原さんに曳かれて天満宮へ “朝倉市古賀の天満宮は天満宮なのか?”

684

宮原さんに曳かれて朝暗神社へ “朝倉市須川の朝暗神社の基層には誰が

祀られているのか?”

683

宇土半島の付け根にも熊野神社があった… “旧松橋町の松橋神社”

682

有明海、不知火海周辺の十五社神社は阿蘇神社ではなかった“宇城市の

十五柱神社から”

681

何度も足を運んでいる宗像大社ですが… G “そもそも三女神とは何なのか”

680

何度も足を運んでいる宗像大社ですが… F “宗像大社の境内に

置かれなかった大国主命の長男”

679

何度も足を運んでいる宗像大社ですが… E “宗像大社の祭神は元から

三女神だったのか”

678

何度も足を運んでいる宗像大社ですが… D “宗像大社の東に大国主命を

祀る神社がある”

677

何度も足を運んでいる宗像大社ですが… C “宗像大社の西に大国主命を

祀る神社がある”

676

何度も足を運んでいる宗像大社ですが… B “神湊の津加計志宮に大国主命

の痕跡を探る”

675

何度も足を運んでいる宗像大社ですが… A “少し振り返って出雲と

大国主命を考えよう”

674

何度も足を運んでいる宗像大社ですが… @ “宗像大社を楢ノ木の神紋から

考えましょう”

673

有明海を挟んで久留米を正面に見据える高良玉垂宮 “佐賀県武雄市武雄町

永島の玉垂社”

672

橘 諸兄を主神とする潮見神社 “佐賀県武雄市の故地に息づく橘一族の一社”

671

有明海最奥部に静かに鎮座する海童神社

670

作業中

669

作業中

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作業中

667

作業中

666

作業中

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作業中

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作業中

663

作業中

662

作業中

661

作業中

660

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! D 阿蘇神社

祭神編

659

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! D 阿蘇神社

数理編

658

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 番外 二つの

直角三角形

657

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! C 両神社

祭神編

656

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! C 両神社

数理編

655

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! B 吉松宮

数理編祭神編

654

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! A 阿蘇霜

宮数理編祭神編

653

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! @ 阿蘇国

造神社 祭神編

652

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! @ 阿蘇国

造神社 数理編

651

阿蘇山を中心に“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が精密に配置されている! 

650

九州王朝成立前夜の解明へ C “出雲の地名起源から伊豆の伊豆山

神社までを考える”

649

九州王朝成立前夜の解明へ B “九州王朝を支えた多くの民族集団”

648

九州王朝成立前夜の解明へ A “雲南省昆明にいた白族が日本列島を開拓した”

647

九州王朝成立前夜の解明へ @ “雲南省麗江にいた多大将軍の一族が

日本列島を開拓した”

646

「風呂地名」の解明へ “千葉県の例から”

645

「風呂地名」の解明へ “それは行水への思考回帰から始まった”A

644

「風呂地名」の解明へ “それは行水への思考回帰から始まった”@

643

火の君とは歴代の橘一族だった B 緊急提言 全国の九州王

朝論者に告ぐ! “橘一族とは白族!”

642

火の君とは歴代の橘一族だった A 緊急提言 全国の九州王

朝論者に告ぐ! “白族は雲南から”

641

火の君とは歴代の橘一族だった @ 緊急提言 全国の九州王

朝論者に告ぐ! “九州王朝の白族”

640

白雲皇帝を探して “岡山県美咲町大垪和(ハガ)西の謎の古社一の宮神社”

639

志波彦神社(塩竈市)の志波彦とは塩土老翁か豊玉彦か?

638

熊本県西原村の白山比売神社について

637

八代神社(妙見宮)と霊符神社と竹原神社 E 「宮原誠一の神社見聞諜」

へのご招待 (下)

636

八代神社(妙見宮)と霊符神社と竹原神社 E 「宮原誠一の神社見聞諜」

へのご招待 (上)

635

熊本県氷川町上有佐の香取神社について補足“「かんじょみさん」とは

風読みさん?”

634

熊本地震で被害を受けた西原村の阿蘇四ノ宮神社とは何か?

633

鰐大明神が鎮座する佐賀県神埼市志波屋とは

632

鳥子三宮神社再考 “阿蘇系神社と思われている熊本県西原村鳥子神社”

631

熊本地震で被害を受けた境内に雨宮姫を祀る神社 “熊本県西原村宮山の宮山神社”

630

ひぼろぎ逍遥(跡宮)576 宮地嶽神社の戦前の祭神 阿部相凾宮地嶽大明神

について の転載

629

「魏志」伊都の長官「爾支」(ニキ)を祀る神社

628

「伽耶」地名について百嶋メモから

627

「桜川」

626

出羽から陸奥への道 番外 続“山を森と呼ぶ人達”

625

北海道は江差の姥神大神宮と宮地嶽神社 A

624

北海道は江差の姥神大神宮と宮地嶽神社 @

623

続)タシクルガン(石頭城、石城山)Ta Shi Ku Er Gan Lu

622

タシクルガン(石頭城、石城山)Ta Shi Ku Er Gan Lu (下)

621

タシクルガン(石頭城、石城山)Ta Shi Ku Er Gan Lu (上)

620

三角町の波多神社の天四柱神とは何か

619

鈴木神社訪問前にお昼の休憩をした本村神社について 

618

鈴木神社をご存じですか? “熊本県天草市の”鈴木重成公“を祀る神社

617

南阿蘇への迂回路に鎮座する湧水池と塩井社をご存じですか?

616

浦島太郎はなぜ亀に乗って竜宮城に向かったのか? (拡大編)

615

浦島太郎はなぜ亀に乗って竜宮城に向かったのか? (本編)

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浦島太郎はなぜ亀に乗って竜宮城に向かったのか? (導入編)

613

有明海、不知火海沿岸の猿田彦神社探訪から見えた神像の素性について

612

続)徳島の天津司神社 @〜A  “四国の「もう一つの歴史

教科書問題」氏による近稿からの転載”

611

徳島の天津司神社 @〜A  “四国の「もう一つの歴史教科書問題」氏に

よる近稿からの転載”

610

ヒョウカリイライ(馮河黎来)改訂版

609

改訂版)八島神社の衝撃 “山鹿市千田聖母宮摂社の八島神社”“事代主の

ブログ氏と…A”

608

改訂版)肥後で最も重要な神社 “山鹿市千田(旧鹿央町)の聖母宮”

“事代主のブログ氏と…@”

607

出羽から陸奥への道 番外 続“山を森と呼ぶ人達”

606

古代史から離脱し神代史(本当の古代史)へ移行しよう A

605

古代史から離脱し神代史(本当の古代史)へ移行しよう @

604

西原村復興のための「聖徳太子研究会」@〜Cに向けて “宇土の八兵衛の逃亡ルート

603

信州への神社調査のための下調べから ”長野県上田市の生島足島神社“

602

熊本市の中心部に鎮座する大江神社初見 “隠された金山彦神“

601

出羽から陸奥への道 番外 “真室川音頭の真室川についての妄想”

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記
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