2019年06月25日

598 出羽から陸奥への道 Q “山形県鶴岡市出羽三山神社の神々(沢に鎮座する摂社から)”

598 出羽から陸奥への道 Q “山形県鶴岡市出羽三山神社の神々(沢に鎮座する摂社から)”

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太宰府地名研究会 古川 清久


 では、出羽三山神社に入りましょう…。

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始めは降り宮かと思ったほどでしたが、谷(東日本は沢と言わないと通じませんが)には多くの摂社が置かれていました。

この摂社の祭神から出羽三山神社の姿が多少とも見えてくるでしょう。

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西日本ではこの名称ではあまり出て来ませんので(道後温泉の周辺では見ました)ご存じない方が多いと思います。簡単に言えば金山彦のご夫婦です(勿論、磐裂が大市姫 根裂が金山彦)。

この磐裂、根裂は関東から北に目立つ星宮神社などに祀られていますが、神武天皇(あくまでも本物の方のカムヤマトイワレヒコですが)と衝突せざるを得なくなった長髄彦=那賀須泥毘古(ナガスネヒコ)の祖父神にあたるのです。

 この金山彦について百嶋由一郎氏は完全なモーセの後裔氏族のイスラエル人で、同族の秦の始皇帝姓は嬴(エイ)、氏は趙(チョウ)、諱は政(セイ)姻戚関係を結び先行して列島に進出している(新ヘブライ)系氏族の長であり、最高の製鉄技術を持って入っている。

 このため、海を渡っている事から、氵(サンズイ)+嬴(エイ)=瀛(イン)=忌部=因部=卜部=占部と言われているのです。

 そのため、宗像三女神の市杵島姫も本来は瀛ツ島姫と書くのです。

この一族には加計学園の一族もおられるのですが、別の話になるのでやめておきましょう。

 その後、秦の始皇帝の一族も漢帝国の時代になると王族クラスがごっそりと半島経由で豊の国に入り畿内に展開するのです。

 一方、先行して列島に入っていた人々は阿波から熊野を根拠地にしますが、何故かその中枢部は福岡に戻り博多を拠点にしているのです(それが本物のヤタガラスの一族なのです)。

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百嶋由一郎極秘神代系譜(部分)


長くなるのでこれまでにしますが、関心をお持ちの方は、ひぼろぎ逍遥 106 白川伯王家の源流の神社初見 “飯塚市鹿毛馬の厳島神社(安芸の宮島のルーツ)”外を検索してください。

次におられたのは五十猛神社でした。

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土地 土地で、また、時が移ろっても、名を変え、名を伏せ生き延びようとしますので、この神様が物部の権化であり、伊勢神宮の外宮の豊受大神の夫神であることや、海幸山幸神話の山幸である事など百嶋神社考古学の者しか知りません。最低でも物部氏の総大将のニギハヤヒの事であるとは理解して頂きたいのです。

 五十猛とはニギハヤヒ=山幸彦=猿田彦=彦火々出見=天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊…なのです。

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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


 まだ俄かには信じられないという方は多いでしょう。

 その向きにはインターネットで山陰本線の大田駅(島根県太田市)の隣に五十猛駅がある事をご確認ください。

 この大田には石見の国一の宮の物部神社があるのです。そして、五十猛駅の先には馬路(マジ)駅もあるのです。そうです。ニギハヤヒの後裔(子とも…)のウマシマジのマジなのです。

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島根県大田市川合町川合1545

祭神こそウマシマジとされていますが、幟を揚げた物部神社であり延喜式内社であり石見国一宮。旧社格は国幣小社で、現在は神社本庁の別表神社です。

 次は大歳(大年)神社です。

 前掲の神代系譜をご覧ください。豊受大神=伏見稲荷=アメノウヅメにとっては五十猛神の前の夫神にあたるのがこの大歳神=海幸彦=ヒコヤイミミ=阿蘇高森の草部吉見神=東北の方にとっては常陸の鹿島大神こと武甕槌であり、後に奈良の春日大社の表面的な主神であり藤原氏の祖先神になるのです。

 従って、五十猛と大歳神が並べられている事にもそれなりの意味があるのです。

そしてその事は直ぐ分かるのです。

どうやら出羽三山神社は理解してこの配置を取っておられるようです。

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下居社とは沢におられる神々の社というほどの意味なのでしょうが、イザナギ、イザナミ、アマテラスオオミカミ、天八神、クグヌチ、ヒコホホデミ、ミズハノメ七神が祀られています。

良く分からないのが天八神です。

誓約(ウケイ)などと妙な表現になっていますが、天照とスサノウの子産み争いの結果生まれた五神(男神)+三神(女神)なのでしょうか?

これについても百嶋由一郎氏の最終神代系譜で確認しておこうと思います。

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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


 黄枠の市杵島姫、豊玉姫はスサノウが誓約で産んだとする三人の女神のお二人です(勿論嘘話ですが)。

アマテラスの五人の御子神はここには書かれていません。

 スサノウはイザナギとイザナミの子ですが、結果的に分れるアカルヒメとの子が市杵島姫になります。

 一方、ヤタガラスと高木大神の長女にあたる豊秋ツ姫の子が豊玉姫になるのです(一応、一般的に云う天八神の一部となるでしょう)。

 クグヌチ、カグツチは火之迦具土神とも軻遇突智とも書く、最初にご説明しました製鉄の神である根裂神=金山彦です。

 ヒコホホデミは、これも最初の方で説明申し上げた五十猛であり、ニギハヤヒ=山幸彦=猿田彦=彦火々出見命=天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊… になるのです。

 それに水の神様として知られていますが、スサノウのお妃であり(アカルヒメ、櫛稲田姫の前のお妃)、大国主命とコノハナノサクヤヒメの姉にあたる神大市姫がミズハノメになります。

そして、その御子が出羽三山の山頂に祀られる稲倉玉命とか倉稲玉命とされる伊勢の外宮の豊受大神になるのです。

 当然、一緒に祀られているのが伊氏波神(イデハノカミ)で、恐らく五十猛であり、ニギハヤヒ=山幸彦=猿田彦=彦火々出見=天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊だと理解しています。

 かなり重複していますが、山頂の二神はこの下居社にも祀られており、400メートルも登る必要はないことになるのですが、山岳修験の神社でそのような事を言うのは不行き届きとなるでしょう。

 では、伊氏波神(イデハノカミ)が彦火々出見命であるという解読が許されるとしても、伊氏波神(イデハノカミ)とはどういう意味でしょうか?彦火々出見命は伊達氏にしてもそうなのですが、「伊」が付く地名は彦火々出見命と関係が深いと考えています。

 故)百嶋由一郎氏も、例えば福岡市が糸島市に連続する今津、今山、今宿…は、山幸彦=彦火々出見の支配地ですよ…と言われていました。

 同様に、伊氏波神(イデハノカミ)とは、「イデハノカミ」であり伊の出羽の神と解読できそうです。

 ここまで見てくると、羽黒山の出羽三山神社とは、伊勢神宮の外宮がそのまま移動したような配神であり、豊受大神を中心に、大山祗系(私達はトルコ系匈奴の一派と考えていますが)、スサノウ系、金山彦系ががっちりとスクラムを組んだ物部系の神々を祀る神社群であることが分かるのです。

 当然、その敵対物とは権力を掌握した阿蘇系=藤原系、高木大神系だったと言えそうです。

 月山、湯殿山と併せ羽黒山の出羽三山神社とは過激な物部氏の流れを汲む強面の神々の連合体だったようですし、両勢力の間に入りバランスをとったのがヤタガラス系=橘一族であり海人族だったようです。


百嶋由一郎氏が残された音声CD、神代系譜、手書きデータ…を必要とされる方は09062983254まで

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記
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