2019年06月19日

595 出羽から陸奥への道 N “鮭川村の白鬚神社の龍神様と弁天様”

595 出羽から陸奥への道 N “鮭川村の白鬚神社の龍神様と弁天様”

2018020

太宰府地名研究会 古川 清久


青森からの帰路山形県鮭川村を通過しました。

弘前市から秋田の大館市、北秋田市、大仙市、横手市、湯沢市を通過し山形県に入ります。

金山町から真室川音頭の真室川町の隣が鯉川村です。

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通り過がりに急に見ようと思った神社でしたが、急ハンドルを切って参拝させて頂きました。

 ここで、白髭神社についてふれておきます。一番分かり易く言えば、猿田彦となるでしょう。

しかし、この神こそ山幸彦でありニギハヤヒであり五十猛、近くでは、茨城県の鹿島(海幸)、香取(山幸)の香取神社の経津主…と言えばついて行けないと言われるかも知れません。

このため、琵琶湖の白髭神社の御祭神の猿田彦命と考えられても結構でしょう。

境内は簡素そのもので、山神社=山之神(大山祗)以外これと言って見るべきものもなかったため、境外摂社とも言うべき白髭沼に向かいました。直ぐに分かるのですがここにも市杵島姫がおられるのは一目でした。

 東北を足早に通り過ぎましたが、この陸奥(ミチノク)、出羽に於いても遭遇する神々は全て九州から広がった氏族が持ち込んだ九州起源の神々であると再認識させられています。

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白髭神社(鮭川村)概要: 白髭神社の創建年などは分かりませんでしたが、神社の下手にある小さい沼が古来からの自然崇拝の対象になっていたと思われます。現在でもその沼は白髭と呼ばれ、神社の奥の院となっています。伝承では、この沼に竜が住んでいると言われ、御神酒を捧げると願いが叶うと伝えられています。又、古来からの雨乞いの儀式が行われ、江戸時代の古記録にも掲載されるなど当時からの民俗信仰が続いているようです。

白髭沼の伝説: 鮭川村に伝わる伝承によると白髭沼には竜神が棲み、酒を捧げると雨が降ると言い伝えられてきました。その話を聞いた、新庄藩2代藩主戸沢正誠(法名:香雲寺荘海慧巌・通称:香雲寺様)が是非、その竜神を見てみたいと申し、周囲の家臣や村人が止める中、大勢の人夫を集め沼の水をかき出しました。その行為は7日7晩続き、ようやく、沼の底が見え始めると、急に空が暗くなり雷鳴が轟くと今まで見た事も無い程の大雨が降り一瞬で沼の水が元に戻りました。さらに、天から沼に向かい紫雲が降り始めると、それを見ていた見物人や立会人は竜神の祟りと恐れ戦きました。正誠も身に危険を感じ、全員にこの場から離れるように指示しましたが、怒った竜神は正誠に向かって襲ってきた為、自ら愛馬に跨り新庄城に戻ろうとしました。しかし、猿鼻峠で竜神に追いつかれ、何とか宝刀の霊力により振り払う事が出来ましたが、愛馬は無残に食いちぎられ命を落としたと伝えられています。

白髭沼の伝説: 鮭川村に伝わる伝承によると白髭沼には竜神が棲み、酒を捧げると雨が降ると言い伝えられてきました。その話を聞いた、新庄藩2代藩主戸沢正誠(法名:香雲寺荘海慧巌・通称:香雲寺様)が是非、その竜神を見てみたいと申し、周囲の家臣や村人が止める中、大勢の人夫を集め沼の水をかき出しました。その行為は7日7晩続き、ようやく、沼の底が見え始めると、急に空が暗くなり雷鳴が轟くと今ままで見た事も無い程の大雨が降り一瞬で沼の水が元に戻りました。さらに、天から沼に向かい紫雲が降り始めると、それを見ていた見物人や立会人は竜神の祟りと恐れ戦きました。正誠も身に危険を感じ、全員にこの場から離れるように指示しましたが、怒った竜神は正誠に向かって襲ってきた為、自ら愛馬に跨り新庄城に戻ろうとしました。しかし、猿鼻峠で竜神に追いつかれ、何とか宝刀の霊力により振り払う事が出来ましたが、愛馬は無残に食いちぎられ命を落としたと伝えられています。

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ここでも浮島(半島)に弁在天様が祀られています。この祭神こそ竜神こと豊玉彦の姉アカル姫の子である市杵島姫なのです。

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posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記
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