2019年06月15日

593 出羽から陸奥への道 L “亡国の東京電力柏崎刈羽原発正面の見日神社”

593 出羽から陸奥への道 L “亡国の東京電力柏崎刈羽原発正面の見日神社”

20180618

太宰府地名研究会 古川 清久


 これは青森からの帰路、東京電力柏崎刈羽原発付近の国道116号線の左側に見日神社なる奇妙な名前の神社を見た事から徐に車を止め小丘を登り参拝する事にしたものです。

無題.png
無題.png

“石柱は「日」の部分で折れているのです”としましたが、15年ほど前、2004年の中越地震で鳥居

共々倒壊したものが補修されているようです。

無題.png

1985年建設の柏崎刈羽もたった20年も経たない2004年に中越地震に遭遇しているのです。

この馬鹿さ加減には呆れますが、このような危険極まりない場所に東電は原発を持ち込んでいるのです。

実は、この日はスキャンダルで辞めた新潟県知事選挙の投票日だったのですが、アメリカ金融資本に占領されたイカサマ国家、嘘つき国家ではどうしようもないのです。

どうせ、さもしい議員や首長に加え国家を食い物にする土建屋のような集かり肖かる薄汚い人間の方が多数派になってしまうからです。もはやどうでも良いとしか言えません。

軟弱地盤の断層帯に事実上最高出力の原発が存在しているのです。中越沖地震でも火災事故を起こしていますが、再び大規模なかつ破滅的な事故が起こり、東日本の裏と表で壊滅するのです。

 従って、広島〜長崎によって軌道修正が図られたように、福島に続く第二の福島が起こってようやく軌道修正が行われるはずで、もう一つの第二の福島が起こらない限りこの米国占領下の被植民国家は転換できないのです。

 早く第二の福島が起こって欲しいものです。そうしてアメリカの手先となって自分だけ良い目に逢ってきた連中共々に死に絶えれば良いだけなのです。

 話が逸れましたが、実は、境内にも何らの謂われも書かれておらず、「新潟県神社誌」など持つはずもありません。

 神社庁の県内神社一覧でも住所以上のデータは出て来ません。

 尚も検索を続けるとようやくまともなブログを発見しました。以下良いとこ取りをさせて頂きます。


     無題.pngというサイトです。


見日神社(けんにちじんじゃ)は,JR(越後線)刈羽駅の南800メートルに鎮座する。

景行天皇(人皇第十二代)の時,東夷を平定して帰国する吉備武彦命が沖を船で通ったが,暴風雨に襲われた。日の神に祈ったところ風雨が止み,また大雀が現れて先導し刈羽の岸に上陸することができた。よって,上陸地の当方にある丘(現社地)に日の神である大日孁尊を祀った。

以上は伝承であり,創立の時期は不明であるが,刈羽の守護神として古くから崇敬を集めている。

明治末に,外山の神明神社と前田の眉見神社を合併した。

現在,大日孁尊のほか,大己貴命稚日女命を合祀している。

社殿の横に石塔や石祠が集められている。

資料には,十二神社(句句廼馳命),熊野神社(伊弉諾命),道祖神社(武甕槌命,経津主命)の石祠が記録されている。刈羽村刈羽の見日神社社殿正面


 ですが、大日孁尊を主神とし、オオナムチと天照を追祀している様にしか見えません。

 百嶋神社考古学では大日孁尊と卑弥呼は同じですが、天照大御神とも同一神なのです。

 ところが、姻戚関係の変更やその時代の要請に応じて神々の呼称が変わるように、大日孁尊→卑弥呼→天照大御神へと呼ばれ方が変わっているのです。

 大日孁尊の意味も孁女(巫女)の事ですが、卑弥呼も国際的に通用する(シャーマン)を意味しています。

そして、それらの歴史を消し去ってもの凄い昔の想像上の神であったとしてしまいたいという要請に応じ、いわば架空の存在に祀り上げられてしまったものが天照大御神なのです。

 従って、その最も古い呼称の大日孁尊が使用されているところには、何らかの古代の業績の痕跡が感じられるのです。

 「新潟県の神社」氏が書かれている事をそのまま受け入れれば、“東夷を平定して帰国する吉備武彦命”(開化天皇の指示下に臣下でしかなかった神武=カムヤマトイワレヒコ僭称贈る崇神(ハツクニシラス…)が開化の指揮下に行なった四道将軍派遣)の帰路大日孁尊を祀ったのが見日神社になるようです。

珍しい記念碑的神社なのです。

無題.png百嶋由一郎極秘神代系譜


 高木大神の伯母(これが分かるのが兵庫県の旧佐用町佐用神社の最奥部に鎮座)と呉の太伯の後裔との間の子が大日孁尊(大日女貴)なのです。

無題.png

百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


日の神に祈ったところ風雨が止み,また大雀が現れて先導し刈羽の岸に上陸することができた。よって,上陸地の当方にある丘(現社地)に日の神である大日孁尊を祀った。

以上は伝承であり,創立の時期は不明であるが,刈羽の守護神として古くから崇敬を集めている。

明治末に,外山の神明神社と前田の眉見神社を合併した。


 この地に残る伝承は四道将軍の時代に東夷を平定して帰国する吉備武彦命の伝承ですので非常に貴重なものであるようです。合祀された外山の神明神社、眉見神社も大己貴命と稚日女命を合祀しているようですが、稚日女命も大日孁尊であり、天照大御神神社として重複している事になるのです。

なお、高木大神の伯母(これが分かるのが兵庫県の旧佐用町佐用神社の最奥部に鎮座)と呉の太伯の後裔との間の子が大日孁尊(大日女貴)なのです。と書きましたが、ひぼろぎ逍遥(跡宮)273 兵庫県佐用町の佐用都比売神社とは何か? で、お腹違いの姉である神武天皇(カムヤマトイワレヒコ)大日孁尊の母神の事について触れています。

そういった状態だったのですが、彼女から突然電話が入り(電話というのはいつでも突然ですが…)、「高木大神を祀る境内社がありましたよ、それに伯母宮神社という不思議な社がある」と連絡してこられたのでした。前置きが長くなりましたが佐用都比売神社をご紹介しましょう。

それについては今後の課題として、佐用都比賣神社の底流に“高木大神=高皇産霊尊が存在していた”と言う百嶋先生の話はこの境内摂社、若宮神社の存在からある程度推測できそうです。

次に三寶荒神社です。金山彦=加具土命、軻遇突智の流れを汲む一族とされますが、百嶋神代系譜(三寶荒神)には二人ずつの奥(瀛)ツ彦、奥(瀛)ツ姫が書かれています。もしも、佐用都比賣神社の基層に高木大神があるとすると二系統(というより二代に渡る)のどちらかが気になります。

さて、水神社(彌都波能売命=ミツハノメノミコト)は百嶋最終神代系譜の青枠で良いとして、最大の難問が、伯母宮神社(片宮神社、天照皇大神)の意味です。

この神社の境内摂社の祭神には違和感が付き纏います。塩川神社(速佐須良比売命)にしても普通は天照大御神と塩槌翁(大幡主)とするはずですし、仮に速佐須良比売命としても、これは鴨玉依姫で塩槌翁の孫になると思います。また、若宮神社=高木大神というのも奇妙です。さらに佐用姫稲荷神社(豊受大神)というのも、伊勢の外宮を市杵島姫と言いたそうです。明治期の縣社昇格に絡んで祭神が弄られているように見えてなりません。そのため、そのまま素直に推測できないのですが、極めて重要な古社であることに間違いはなく(勿体無いですね)、伯母宮=天照大御神という組合せに古層が反映されているのではないかとの思いが消せません。それは、“神武天皇のお母さんは大幡主の姉の神玉依姫ですが、”天照大御神=卑弥呼の母は多分高木大神の叔母だろう”と言っておられた事から、あくまで推測ですが高木大神の匂いが濃厚な佐用都比賣神社にある伯母宮=天照大御神とは高木大神=高皇産霊尊の妹(叔母)の可能性があるのではないかと思います(極秘系譜を参照のこと)。これも今後の課題ですね。そのうち再度訪問しようと思っています。

無題.png

百嶋極秘神代系譜


 一番右端の奥ツ彦は高木大神系統なのですが、ナガスネヒコではないため、もしかしたら百嶋先生も間

違っておられるのかも知れません。この点、当方の理解不足から上下が整合しません。課題です。

佐用神社の 想定)大日女貴こと(天照大御神)母神 大伽耶の姫=高木大神の叔母を祀る伯母宮神社(片宮神社、天照皇大神)に象徴される永遠に続く天照の光と柏崎刈羽原発の光とどちらが有難いかは言わずもがなでしょうが、日本とは本当に実にくだらない国になってしまったようです。防衛用(報復用)の核ミサイル製造のためのプルトニウム生産のための限定的原子炉ならば仕方がないのですが、地震の巣のような場所に造られる大量の原発ほどくだらないものはないのです。

無題.png

百嶋由一郎最終神代系譜


研究目的で百嶋神代系譜、講演録音声データを必要とされる方は09062983254までご連絡下さい。

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: