2018年11月18日

517 2018年山陰落ち穂拾い三社詣りの旅 D “鳥取県岩美町小田の小田神社”

517 2018年山陰落ち穂拾い三社詣りの旅 D “鳥取県岩美町小田の小田神社”

20180110

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


ひぼろぎ逍遥(跡宮)5142018年山陰落ち穂拾い三社詣りの旅 A“島根県出雲市多伎町の小田神社”で出雲市多伎町の小田神社をとりあげましたが、こちらは但馬国の手前、鳥取県東の最奥部の小田神社の話です。

 この間、岩美町では岩井温泉のある岩井地区、御湯神社(これも但馬の養父に集中する御井神社だと考えています)、岩井廃寺…一帯に注目していましたが、鳥取県の最奥部の国府町、八頭町、若桜町…の神社を調べる段階に入ってきました。

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氷ノ山西麓、鳥取市の東隣の奥地は若桜町を除きこれまでほとんど入っていませんでした。

 この一帯の神社調査を進めるにも、まず、岩美町の神社を調べる必要に迫られ、未踏の神社の塗りつぶしに入りました。

無題.png 正月明けの6日から兵庫県の西部に入り、移動も含めて12日までの調査のつもりでいたのですが、10日に降り始めた大雪によって容易に戻れない可能性も出てきた事から、15日までの10日間の調査に成る可能性も出て来ました。

 実際、国府町の栃本廃寺を見に行った時も大雪のため全く何も見えない状態だったのでした。

 このため、今回の後半は岩美町の奥地の神社を見て廻る事にしました。

 岩井温泉の南側の谷の最奥部に小田という集落があり、コミュニティ・バスの折り返し点があります。

 このバス停の傍に参道階段があり、小田神社があるのです。

 何の変哲もない鎮守の社にしか見えないのですが、この神社を寄進した方が、まず地名が、出雲市の多伎町(タキ、タギ)小田(オダ、ウダ)と対応する瀧山さんというのも気になります。

 事実、小田、外邑地区に置かれた格安の温泉施設が「たきさん」温泉なのです。

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参道階段下の鳥居の脇にある瀧山岩蔵氏による寄進の記念碑


以下は徒労に終わった栃本廃寺跡。

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石碑には昭和3年の建立とありこの時期に土地などが寄進されたのでしょう。

 勿論、神社自体はもっと古く、後で新たに手に入れた「鳥取県神社誌」とそれに遡る、昭和三年の古い

「鳥取県神社誌」のコピーを確認します。


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驚きました!お分かり頂けるでしょうか?左に五七桐、右に三五桐という設えなのです

県神社誌によれば、この神社の祭神は大山祗とコノハナノサクヤヒメとされているのです。

ただ、この父と娘が五七、三五桐を使う例は知りませんし、どのように考えても後付にしか思えません。

高良玉垂命=第9代開化天皇と神功皇后とは夫婦であり、その95)人の皇子の長子が仁徳天皇になることはこれまで何度も話してきたことです。

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posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記
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