2018年11月09日

514 2018年山陰落ち穂拾い三社詣りの旅 A “島根県出雲市多伎町の小田神社”

514 2018年山陰落ち穂拾い三社詣りの旅 A “島根県出雲市多伎町の小田神社”

20180108

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


 日本海に面した山陰の長い海岸線を殆ど渋滞する事もなく信号待ちもなく走り続け、ようやく出雲崎が見え始める辺りに、ついつい通り過ぎてしまう神社が左手に鎮座しています。小田神社です。

 越の国にも出雲崎町がありますが、非常に印象的な地名であり、個人的には出雲大社が鎮座している岬も出雲崎と呼んでいます。

新潟県の出雲崎町も実に良い響きです。

ただ、何故、出雲崎と呼ばれているのでしょうか?多分出雲の人が住み着いたからだろうと思っています。

出雲崎とは実に良く言ったもので、九州方面から北上して行くと平坦な砂海岸が続く先に日本海に突き出した大きな半島が見えて来るのです。

勿論、島根とは島が本土と陸繋島となった部分が大きな半島に見えている訳で、どう見ても近畿大和の側から付されたものではなく、九州の人々が付した地名であることは疑いようがありません。

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いつでも行けるとパスしてきた神社ですが、国道の傍に鎮座しておられ、安直に車を止め参道階段を20段程度登るだけで、良く手入れされた境内が見えました。

 正月だからと言えばそれまでですが、立派に清掃された境内はそれだけでも心が和みます。

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小田神社 カーナビ検索島根県 出雲市 多伎町小田541-2

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主神 火遠理命(=彦火火出見尊:山幸彦)豊玉毘売命(=豊玉姫)玉依毘売命(=玉依姫)


由緒記に依る


 「出雲国風土記」に小田の社として出て来るとの事からそれなりの神社なのですが、出雲の神社というよりもウマシマジを祀る太田市の物部神社の延長ではないかと思ってしまいます。

 それは、我々百嶋神社考古学の者は山幸彦がウマシマジの父神たるニギハヤヒであると知っているからですが、実際にも出雲大社よりは太田市の物部神社の方が距離的に近そうに思えます。

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 この神社にはもう一つ面白いものがあって、本殿芯楚に亀蛇が置かれているのです。

 この意味は、この神社を奉斎した人々が白山姫、白川伯王系の人々であるという事です。

 してみると、祭神の山幸彦は対応しており違和感はありません。

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無題.pngこれは江戸期以降ではないかと思いますが、三保社と金毘羅さんです。

 三保社は美保社であり、大国主の皇子との皇子の事代主で、建御名方の事でしょうが、この神社の底流には白族系の神々が奉斎されていたように思えるのです。

 最後に、由緒にもありますが、旧本殿の中央に神木が植えられていました。

 まさに神宿る(降臨すると同時に去っていく)「ひもろぎ」が神木として残されているのです。

無題.png 夕闇が迫っていましたので、これ以上の浅酌をやめて、近くの道の駅「キララ多伎」の休憩室で、数時間、blogを書くことにしました。

 ここでは広い休憩室で落ち着いてパソコンが使えます。

 今は、頻繁に利用させて頂いている兵庫県美方郡香美町小代区の「おじろん」ふれあい温泉おじろんの雪の露天風呂に入り(単純泉ながら鉄分の多い温泉らしい温泉です)休憩室でblogを書いています。

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 20:28| Comment(0) | 日記
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