2018年11月01日

511 氷川は龍王の国でもあった  ”氷川町の龍神宮”

511 氷川は龍王の国でもあった  ”氷川町の龍神宮”

20171212

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


氷川町は旧竜北町と宮原町が合併してできたものですが、この竜北町にあるのが竜神宮です。

 真新しい鳥居は平成28年と彫られていました。

 時期からして、熊本地震との関係が考えられますが、境内には古いながらもほれぼれするような神額が残されていました。

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氷川と言えば、勝海舟の随筆が「氷川清話」が頭を過ります。

赤坂の氷川神社は、素盞嗚尊、櫛稲田姫命、大己貴命を祀るのですが、この祭神から考えると、この氷川は箸が流れてきた「古事記」の出雲の簸の川(ヒノカワ)の川上の話を考えざるを得ません。

この事も何れ考えなければならないでしょう。

何故なら、これまで何度も書いてきた様に、藤原が創った歴史のテーマ・パークの現出雲のことではなく、多くの大幡主(白族)の領域=出雲(瀛、忌、伊美、因、陰…インと読むべし)であるからです。

この出雲の簸の川(ヒノカワ)を菊池川と考えて来たのですが、この氷川流域も大幡主=白族の領域であり、実際に「ヒカワ」との名が残っているからです。

これについては、以下のひぼろぎ逍遥(跡宮)284 を中心に読んで頂く必要があるでしょう。


300

大宮神社と猿田彦大神 S“総括:百嶋由一郎神代系譜と猿田彦”

299

大宮神社と猿田彦大神 R“広島県庄原市の蘇羅比古神社にも山幸と豊玉姫が…”

298

大宮神社と猿田彦大神 Q“岡山県津山市の大美禰神社も天宇受賣命を祀る古社”

297

大宮神社と猿田彦大神 P“『儺の国の星 拾遺』の真鍋大覚は猿田の意味を知っていた”

296

大宮神社と猿田彦大神 O“猿田彦は何故猿田彦と呼ばれたのか?”

295

大宮神社と猿田彦大神 N“ひぼろぎ逍遥051 出雲の佐田神社と安心院の佐田神社 再掲”

294

大宮神社と猿田彦大神 M“鹿島、香取でご存じの香取神社の経津主も猿田彦大神なのです”

293

大宮神社と猿田彦大神 L“福岡県豊前市の四公神社“

292

大宮神社と猿田彦大神 K“全国展開された猿田彦大神“

291

大宮神社と猿田彦大神 J“古代日向のヤゴローどん も猿田彦なのです“

290

大宮神社と猿田彦大神 I“山幸彦=猿田彦のもう一つのルーツについて”

289

大宮神社と猿田彦大神 H“猿田彦専門のサイトから”

288

大宮神社と猿田彦大神 G“猿田彦がニギハヤヒで山幸彦であることについて”

287

大宮神社と猿田彦大神 F“山幸彦=ニギハヤヒは博多の櫛田神社の主神の

大幡主の子であった”

286

大宮神社と猿田彦大神 E“佐野経夫(神理教教団)と菊鹿町「吾平」の

ウガヤフキアエズ陵”

285

大宮神社と猿田彦大神 D“佐野経夫(神理教教団)と猿田彦大神”

284

大宮神社と猿田彦大神 C転載 “櫛稲田姫(クシナダヒメ)は

熊本県山鹿市で産まれた! ”

283

大宮神社と猿田彦大神 B“大宮神社の地主神が大宮神社の主祭神か?” 

282

大宮神社と猿田彦大神 A“大宮神社の猿田彦大神石塔と摂社群” 

281

大宮神社と猿田彦大神 @“山鹿市の大宮神社とは何か?


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竜神宮 カーナビ検索 八代郡氷川町(詳細地番未確認)


石造りの神殿の中は今回確認しませんでしたが、ネットには開いたものが拾えましたのでご紹介しておきます。

竜神宮ですから、当然ながら八大龍王神でもおかしくはありません。

白族の御曹司で大幡主の息子である豊玉彦=ヤタガラスであり、初期は氷川流域に拠点を置いていたと思われ、宇城市の豊崎、豊福、豊野…といった地名を残してくれています。

当然にも、旧竜北町や龍峰山という地名もこの竜王=対馬の海神神社、和多都美神社の主神でもあるのです。

 この神社は竜北西部小学校のすぐ北に隣接して鎮座しています。

入口には「鹿嶋宮」の額が掛かった鳥居が建立され、境内に入ると左には手水舎・土俵が配され、参道左右に社名が分からない境内社が二社祀られています。

中央奥には唐破風付き入母屋造りの拝殿があります。

興味深いのは、境内には龍神宮という神額が残されており、事実、真新しい鳥居にも龍神宮と書かれていたのです。

普通に考えれば、明治期に改変されたと考えられそうですが、明治期は○○宮という表記は宇佐神宮など天皇家と関係のある一部の神社のみ「宮」表記が許されていた訳で(戦後民主主義の時代となりその指示が崩れますが…)、それ以前は竜神宮と呼ばれていたのでしょう。

 ただ、元は竜神宮であったはずで、それは地名の「竜北」や「龍峰山」にも反映されています。

この竜神は豊玉彦=ヤタガラスのはずですが、今は伺い知るすべはありません。

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posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記
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