2018年08月19日

ビアヘロ060 天照大御神の母神は播磨の佐用町で祀られている “百嶋神社考古学概論入門編 A”

ビアヘロ060 天照大御神の母神は播磨の佐用町で祀られている “百嶋神社考古学概論入門編 A”

20180623

太宰府地名研究会 古川 清久


 天照大御神と言えば知らぬ者の無い列島開闢に関わる最高神ですが、この神の母神が兵庫県の佐用町の佐用姫神社の境内摂社に祀られています。

 天照大御神の母神などという話をすると、それこそ好い加減な輩と言われそうですが、我々百嶋神社考古学の者には、それこそ国史扱いにされている「古事記」「日本書紀」そのものが偽書であり、事実、百嶋由一郎氏も「古事記」の95%が嘘だと言い切っておりました。

このため通説派の方々のご指摘など耳に入れる意志が毛頭ない事は言うまでもありません。彼等の誤りだとの指摘の根拠はと問えば「記紀」に求められておられるのですから議論する価値などありはしないのです。勿論、これも百嶋由一郎氏から面受の者として聴いた話です。

 “天照、”神武“は、勿論、同時代に糸島から福岡市南区の油山の裾野の一帯に住んでいた”(直接このフレーズの表現ではありませんが、そういう趣旨で話されていました)“神武は福岡市南区柏原(カシワラ)、天照は福岡市南区桧原(ヒバル)に居られた…”決して南九州だかの高千穂などではないのです。

 そして、福岡市南区には樋井川まで流れているのです。

 勿論、この神武は神武僭称贈る崇神(ハツクニシラス…)ではなく、呉の太伯(周王家姫氏カムヤマトイワレヒコ)後裔の本物の神武の話です。以下、グループの宮原誠一氏から引用します。


テーマ:神社見聞調考 2017(平成29)301日 宮原誠一の神社見聞蝶(004)

No-0041/8)3人の豊姫ともう一人の玉依姫

古代有名氏神で女性神に、豊玉彦の姫君である豊玉姫・玉依姫(海童女二神)、安曇磯良の妃・豊姫(ゆたひめ)、神武天皇の母・玉依姫がおられ、この4名の姫君は神社の祭神、由緒等で混乱・誤記があちこちと見られる。

ここでは百嶋神社考古学神代系図に沿って、この4名の姫君の関係を明らかにすると共に、その神格を紹介します。

豊姫(とよひめ)は、豊玉姫、玉依姫、豊姫(ゆたひめ)の総称として用いられ、これが混乱の原因になっているようです。豊姫の呼び方は、トヨ姫、ユタ姫、ヨド姫とも呼ばれ、この読み名も混乱に拍車をかけている。

豊玉姫は竜宮神・乙姫神ともいわれ、豊姫(ゆたひめ)は河上大明神ともいわれる。

1 四姫君の総論

まず、四姫君について、次のようにまとめた。

1.()玉依姫

白川伯王(白族)の子・福岡市櫛田神社祭神・大幡主の姉にあたり、玉依姫(たまよりひめ)と呼び、神武天皇の母に当たる。以後、()玉依姫と称し、区別し用いる。

2.豊玉姫

豊玉彦(海神)の姫君で豊玉姫、「とよたまひめ」と称す。彦火火出見命(饒速日)の妃でその子は鵜草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)であり、乙宮の祭神、竜宮神・乙姫神でもある。豊比盗_社の祭神は、この「豊玉姫」を指す。後に大国主の妃になられ、別名「田心姫」とも言い、福岡県・宗像大社の祭神の一人であり、海北の「道主貴みちぬしむち」でもある。

3.()玉依姫

豊玉彦(海神)の姫君で玉依姫、「たまよりひめ」と称す。日吉神社の祭神「大山咋」の妃で崇神帝の母であり、その前は鵜草葺不合命の妃であり、安曇磯良(あずみいそら)の母であった。宝満宮の祭神であり、以後、()玉依姫と称し、区別し用いる。

玉依姫は、藤大臣物部保連(玉垂命)と神功皇后の異国征伐時に、父である海神・豊玉彦に干珠・満珠の玉を借受けにゆく姫君として有名。

4.豊姫

鵜草葺不合命と奈留多姫(なるたひめ)の間の姫君で豊姫、「ゆたひめ」と称す。熊襲タケル後の河上タケルの妹に当たる。安曇磯良の妃となられ、後に佐賀県・川上神社(與止日女神社)の河上大明神になられる。奈留多姫は天忍日命と雨宮姫との間の姫君。(高木大神・神沼河耳 神代系図(6)参照)

以上が四姫君の概要である。

)から4)の三姫君は豊姫の総称として用いられてきた。

豊玉彦は海神と呼ばれ、後の天穂日命である。その父は大幡主であり、外洋航海の腕効きでもあった。海神・豊玉彦の二人の姫君、豊玉姫・()玉依姫は海童女二神と呼ばれる。鵜草葺不合命は大海祗(おおわたつみ)であり、その子、豊姫・大海姫は海童少女二神と呼ばれ、福岡市の志賀海神社の祭神でもあり「少童命(わたつみのみこと)」二神とも呼ばれる。なお、志賀大明神は安曇磯良であり、安曇磯良・豊姫・大海姫はいずれも鵜草葺不合命の子である。この三神を総して、海祗(わたつみ)三神という。安曇磯良は筑前国では「志賀大明神」、日立国では「鹿島大明神」、大和国では「春日大明神」となられている。


ここで、百嶋由一郎氏が残された神代系譜をご覧頂きましょう

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百嶋由一郎極秘系譜(部分)天御中主+大幡主+高木大神が造化三神ですね…


ご覧の通り、列島大卒:姫氏(呉の太伯=「君長」)と白川伯王の娘の神玉依姫=玉前様(千葉県長生郡一宮町一宮にある神社 式内社、上総国一宮 旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社に祀られている)の間に産れたのが本物の神武天皇(カムヤマトイワレヒコ)であり、同じく列島大卒:姫氏と高木大神の叔母の間に産れたのが大日女貴→卑弥呼→天照大御神と書かれているのです。

 つまり、神武と天照とは腹違いの弟と姉の関係にあったことになるのです。

 それを、天照から下って、下って神武天皇と描いた背景には、藤原がその直接の起源を偽神武こと贈る崇神を神武と思わせ権威付けしたかったからであろうと考えていますが、それを知ってか知らずか(多分、津田を始めとして真面目に調べてなどいないはずですが)、神武は崇神に準える必要から残し、二代〜九代までは全て架空としているのです。


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神武天皇の母神 神玉依姫を祀る玉前神社 カーナビ検索 千葉県長生郡一宮町一宮3048(左)


天照大神の母神 大伽耶の姫を祀る佐用都姫神社 カーナビ検索 兵庫県佐用町本位田甲261(右)


詳しくは、と言っても、作業を始めた段階でしかないのですが、ひぼろぎ逍遥(跡宮)273 として、兵庫県佐用町の佐用都比売神社とは何か? 20160709太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

 をお読み頂きたいと思います。

 ここでは、玉前神社については訪問しておりませんのでふれません。あくまでも百嶋先生がどう考えておられたかを多少とも復元しようと言うのが今回のお話である事をご理解ください。そのうち玉前神社にも足を延ばしたいと考えています。では、佐用都姫神社の境内摂社をご紹介しましょう。

 神社の掲示板の写真は画素数が低く拡大にしても神名が完全には読み取れない事から、ネット上(古代史探訪)から借用させていただきましたが、境内社として向かって左の手前から塩川神社(速佐須良比売命)、若宮神社(高皇魂命)が、そして左右の別なく最奥部の最も社格の高い場所に水神社彌都波能売命=ミツハノメノミコト)が鎮座していました。

 そして、向かって右の手前から佐用姫稲荷神社(豊受大神)天満神社(菅原道真公)三寶荒神社(火と竈の神様:三宝荒神が何者かは、ひぼろぎ逍遥(跡宮)から177「天高く、青空に誘われ日向の神社探訪 B “白髭神社に再々訪”宮崎県児湯郡川南町の三宝荒神」を参照のこと)、そして、今回一番関心を持っている伯母宮神社片宮神社、天照皇大神)が鎮座しているのでした。

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画像はHP「古代史探訪」より


まず、若宮神社です。この神名の神様は高皇産霊尊で良いと思うのですが、若宮神社との表現には疑問があります。これまでの経験から若宮神社の祭神とは久留米高良大社の高良玉垂命と神功皇后との間に産まれた若宮=斯礼賀志命(シレカシノミコト)=仁徳天皇以外にはありえず(例外として大幡主の若宮=ヤタガラス=豊玉彦も…)、もし、若宮神社との社名が古代からのものであるならば、この佐用都比賣神社の基層には高良大社の存在、威光が存在するように見えてなりません。

それについては今後の課題として、佐用都比賣神社の底流に“高木大神=高皇産霊尊が存在していた”と言う百嶋先生の話はこの境内摂社、若宮神社の存在からある程度推測できそうです。

無題.png次に三寶荒神社です。金山彦=加具土命、軻遇突智の流れを汲む一族とされますが、百嶋神代系譜(三寶荒神)には二人ずつの奥(瀛)ツ彦、奥(瀛)ツ姫が書かれています。もしも、佐用都比賣神社の基層に高木大神があるとすると二系統(というより二代に渡る)のどちらかが気になります。

さて、水神社(彌都波能売命=ミツハノメノミコト)は百嶋最終神代系譜の青枠で良いとして、最大の難問が、伯母宮神社(片宮神社、天照皇大神)の意味です。

この神社の境内摂社の祭神には違和感が付き纏います。塩川神社(速佐須良比売命)にしても普通は天照大御神と塩槌翁(大幡主)とするはずですし、仮に速佐須良比売命としても、これは鴨玉依姫で塩槌翁の孫になると思います。

また、若宮神社=高木大神というのも奇妙です。

さらに佐用姫稲荷神社(豊受大神)というのも、伊勢の外宮を市杵島姫と言いたそうです。明治期の縣社昇格に絡んで祭神が弄られているように見えてなりません。

そのため、そのまま素直に推測できないのですが、極めて重要な古社であることに間違いはなく(勿体無いですね)、伯母宮=天照大御神という組合せに古層が反映されているのではないかとの思いが消せません。

それは、“神武天皇のお母さんは大幡主の姉の神玉依姫ですが、”天照大御神=卑弥呼の母は高木大神の叔母だろう”と言っておられた事から、あくまで推測ですが高木大神の匂いが濃厚な佐用都比賣神社にある伯母宮=天照大御神とは高木大神=高皇産霊尊の妹(叔母)の可能性があるのではないかと思います(極秘系譜を参照のこと)。これも今後の課題ですね。そのうち再々度訪問しようと思っています。

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百嶋神代系譜(三宝荒神)、百嶋最終神代系譜(部分)


一番右端の奥ツ彦は高木大神系統なのですが、ナガスネヒコではないため、もしかしたら百嶋先生も間違っておられるのかも知れません。この点、当方の理解不足から上下が整合しません。課題です。


研究目的で百嶋神代系譜、講演録音声データを必要とされる方は09062983254までご連絡下さい。


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神武天皇の母神を祀る玉前神社についてはメンバーで千葉県在住者にリポートをお願いしています。

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | ビアヘロ
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