太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

はじめに


すでに、当方の「ひぼろぎ逍遥」がオンエアされていますが、九州王朝論の立場から、より「神社考古学」へとシフトした神社研究の古層を探るものとして新たなブログをスタートさせました。


かなり突っ込んだ内容で書いて行く言わば奥ノ院にしたいと考えています。


綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」は、九州大学の物理学の教授であった故真鍋大覚氏による「那の国の星・拾遺」をヒントに神功皇后を追い求めておられます。


これに対して、対向の意図は全くないのですが、当方は、かつて、草ヶ江神代史研究会を主宰されていた百嶋由一郎氏の神社考古学に基づくフィールド・ワークにより書いて行きたいと考えています。


お断りしておきますが、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。


これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象も認められます。


詳しくはユーチューブ等で永井正範氏の講演をお聴きください。


また、このブログには百嶋神社考古学を追求する他のサテライト研究会に参加されている研究者の小研究を掲載することも考えています。


最近の傾向としては後発の(跡宮)の方がより読み込まれているようです。



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2017年10月10日

384 国東半島の秋葉様 “国東市国東町来浦の市杵島神社”

384 国東半島の秋葉様 “国東市国東町来浦の市杵島神社”

20170408

 太宰府地名研究会(神社考古学研究班)古川  清久


現国東市とは旧国見町、旧国東町…の合併によって成立した国東半島でも海側の市ですが、西から、別宮社(伊美)、岩倉社(古江)、岐部神社(岐部)、山神宮(上岐部)、日枝神社(熊毛)、八坂神社(来浦)、市杵島神社(来浦)…と見るべき見過ごす事の出来ない重要な神社が揃い踏みしています。

 この外にも、豊後高田市には別宮社(竹田津)、若宮八幡宮(是永)など海岸部だけでも一日では見て回れないほどの古社があるのです。

 そうしたなか、伊美の別宮社、岩倉社、岐部神社については以前にもざっと書いた事はあるのですが、これらの重要な神社を後回しにして、半島付け根の神社から国東市にかけて拾い書きをしています。

ひぼろぎ逍遥(跡宮)383 国東半島の殷の鳥居(瀛の鳥居) “国東市国東町来浦の八坂神社”でとりあげた八坂神社の上手に市杵島神社があります。

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無題.png左が市杵島神社で、右が前blogで取り上げた八坂神社です。

 既に来浦が博多の大幡主(ヤタガラスの父神)の一族のエリアであることは書きましたが。

 この市杵島姫はヤタガラス=豊玉彦の姉の子(百嶋由一郎神代系譜)であり、八坂神社と共に大幡主の傘下の神社である事は言うまでも無い事です。

 ただ、別々の神社を持ち別の社名を持つことは、そこに住み着いた人々(氏族)にもそれなりの違いがあるのであって、市杵島姫がスサノウとアカルヒメ(目の前には姫島があります)の子としても、スサノウを祀る八坂神社とその娘を祀る市杵島神社にも意味合いの違いはあり、市杵島神社の奉斎氏族にとって、八坂神社は父方のスサノウ系の氏族と言った意味はあるのです。

 ところが、参道を更に進むと、秋葉宮と書かれた神額を抱いた鳥居が立てられていたのです。

 秋葉宮とはあまり馴染みのない方も多いかも知れません。

通常、金山彦と多少古い呼び方をしていますが、百嶋先生からは秦の始皇帝と姻戚関係を結んだイスラエル系の製鉄神としているものです。

「古事記」で火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ 加具土命)と、また、「日本書紀」で軻遇突智(カグツチ)、火産霊(ホムスビ)と表記される火の神の事です。

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秋葉宮と書かれていますね


 この金山彦と大幡主の妹にあたる埴安姫の間に産れたのが櫛稲田姫であり、その櫛稲田姫とスサノウではなく大幡主の子であるヤタガラス=豊玉彦の姉に当たるアカルヒメ(スサノウから逃れて姫島に逃げた)の子が市杵島姫=瀛島姫となるのです。

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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


 イザナギとイザナミの間に産れた新羅の王子様のスサノウが追い掛けたアカルヒメ(実は細石神社のイワナガヒメ)が逃げた姫島。その近くに金山彦、市杵島姫を祀る市杵島神社がある事は古代に於いてもそれらを受入れた人々がいた事を意識せざるを得ないのです。

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六郷満山、天台修験の国東半島ですが、寺ばかりではなく神社も西から、別宮社(伊美)、岩倉社(古江)、岐部神社(岐部)、山神宮(上岐部)、日枝神社(熊毛)、八坂神社(来浦)、市杵島神社(来浦)…と見るべき見過ごす事の出来ない重要な神社が揃い踏みしています。そして、姫島の大帯八幡社、比売語曽社も…

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今後も国東、豊後大野、宇佐、耶馬溪、中津、蒲江…と神社トレッキングを続けます。

 大分県在住者と言わず、神社、古代史に関心をお持ちの方は大分神代史研究会(仮称)にご参加下さい。

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 01:01| Comment(0) | 日記
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