太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

はじめに


すでに、当方の「ひぼろぎ逍遥」がオンエアされていますが、九州王朝論の立場から、より「神社考古学」へとシフトした神社研究の古層を探るものとして新たなブログをスタートさせました。


かなり突っ込んだ内容で書いて行く言わば奥ノ院にしたいと考えています。


綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」は、九州大学の物理学の教授であった故真鍋大覚氏による「那の国の星・拾遺」をヒントに神功皇后を追い求めておられます。


これに対して、対向の意図は全くないのですが、当方は、かつて、草ヶ江神代史研究会を主宰されていた百嶋由一郎氏の神社考古学に基づくフィールド・ワークにより書いて行きたいと考えています。


お断りしておきますが、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。


これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象も認められます。


詳しくはユーチューブ等で永井正範氏の講演をお聴きください。


また、このブログには百嶋神社考古学を追求する他のサテライト研究会に参加されている研究者の小研究を掲載することも考えています。


最近の傾向としては後発の(跡宮)の方がより読み込まれているようです。



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2017年06月04日

342 勝沼ワインの里の大善寺 C “ぶどう寺にはなぜ「国宝ぶどう薬師」像があるのか?”(中)

342 勝沼ワインの里の大善寺 C “ぶどう寺にはなぜ「国宝ぶどう薬師」像があるのか?”(中)

20161204

 太宰府地名研究会(神社考古学研究班)古川  清久

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さて、「葡萄」という言葉をペルシャ語のbudauと仮定すれば、多少面白い事が見えて来ます。

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百嶋由一郎極秘神代系譜(部分)


百嶋神社考古学ではスサノウはイザナギとイザナミ(瀛氏の金山彦の妹でイザナギと別れた後、熊野フスミと名を変え櫛田神社の大幡主のお妃になっている)の間に産れた新羅の王子様であり、スサノウはペルシャの第二の都市である古都スーサにちなんでいるとします。

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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


スーサは、現在のイランの西南部に位置し、エラム王国時代、アケメネス朝ペルシャ時代には、王都として栄えた都市。現フーゼスターン州シューシュ。

ウィキペディア(20161204 14:26による


ここで武田信玄を考えて見ましょう。武田信玄が自らのルーツを新羅三郎としているのは有名です。諸説ある事は重々承知していますが、少し長いですが、以下が興味深いのでお読み頂いたいと思います。


今日は『武田信玄と朝鮮半島』の最終回です。四の五の言わず、本題を短めに書きます。信玄のルーツをたどると、先祖は『源義光:みなもと の よしみつ』と言います。彼の本名は『新羅三郎義光:しんらさぶろうよしみつ』といいます。日本での出身は近江、現在の滋賀県となっています。歴とした朝鮮半島渡来人であり、『新羅国:しらぎこく:신라국』の人です。

Wikipediaや、インターネットでは「滋賀県の新羅善神堂(三井寺の近く)で元服をしてこの名前を授かった、新羅人ではない」と書かれていますが、これは間違いです。私も最初の頃は、そう信じましたが、渡来人文化の書籍などで有名な、金達寿氏の『日本の中の朝鮮文化 7』にも武田信玄の先祖は渡来人と書かれています。その他、新羅善神堂や、静岡県浜松市史書などを調べると、分かってきます。これは明治以降に歴史を湾曲し、今に至るのだと私は思っています。詳しい内容は文章の後半に、私が簡単に書きましたので、お時間のある方はご参考にしてみてください。

つまり、前回書いたように『信玄の母の系統も朝鮮半島渡来人』『武田信玄直系も朝鮮半島渡来人の血筋』つまり武田信玄は朝鮮半島渡来人の血を、色濃く引き継ぐ人物ということになります。余談ですが信玄の旗『風林火山』の孫子の兵法も、中国から朝鮮半島渡来人が日本に持ち込んだものとされています。

そして、2013.5/13は、今からちょうど、440年前の1573.5/13に武田信玄が亡くなった日でもあるのです。さあ皆さんここまで知ったのですから、今日から武田信玄について、もっともっと知りましょう。

※源義光についての参考(お時間のある方はお読みください)

今回この結論に至るまで長い時間を費やしましたが、以下の内容でつながると思います。

浜松市に中田島砂丘という日本三大砂丘があります。この近くに新羅大明神という神社があります。だいぶ規模は小さくなり、中々見つけにくいのですが、これについて『浜松市史』の編集にたずさわった渥美清一氏が『浜松の新羅大明神と小笠原基長』という本にかなり詳しく書いています。

この本によると、浜松の新羅大明神は1723年の江戸時代に創建されたようです。そして小笠原基長が自分の祖神である滋賀県の新羅善神堂から勧請し、建てたそうです。さてこの小笠原基長という人物の先祖は、源義光で別名:新羅三郎義光であることから、新羅大明神を立てることは当たり前のことであったようです。ここで次の本になるのですが、小笠原基長は生前に『新羅大明神祀記』を書き残し、次の文章を残しています。

「新羅善神堂は元々朝鮮半島渡来人の大友氏の神社であり、創建を新羅三郎義光がたずさわり、その上、新羅大明神の氏人(同族の意味)である。」と書かれています。滋賀県の新羅善神堂は新羅系渡来人が建てただけでなく、義光自身が氏神を敬ったということなのです。また氏人とあることから新羅人ということも分かります。

つまりWikipediaや、インターネットなどで書かれている『源義光が新羅善神堂で元服して名前を新羅三郎義光にした』というのは間違いであり、源義光は歴とした渡来人だったのです。新羅三郎義光と名を改めたのは、先祖の名に戻りし行為だけでなく、自ら新羅一族の後裔(子孫)であることを名乗った行為だったのです。そしてその直径の子孫、武田信玄は母も父も渡来人の血を引く子孫なのです。


「『蒼天求白雲』〜結構知られていない日本史と朝鮮史の接点〜」による


学会通説の学者や教育委員会の学芸員などと称する方々は利権まみれの上に自己保身だけの集団ですので、在野の研究者の説にしか真実は拾えないと確信しています。こんなことは原子力災害、地震予知、火山予知などの無様な実例で皆さん十分にお分かり頂いているものと思います。

 ここで、ようやくペルシャ語のbudauと中国語の「葡萄」日本語の「ぶどう」の接点が見えて来ました。

 しかも、武田信玄の幼名が勝千代で、その子武田勝頼は、ワインの産地勝沼の奥に逃げ込み武田家は滅びるのです。もはや、葡萄がペルシャ語であるかギリシャ語であるかアラビア語であるかはあまり気にする必要はないと思います。中近東に広く栽培された葡萄はシルク・ロードを通ってきました。たった一粒の種でも持ち込まれれば列島にも根付いたのですから。その種を運んだ人(人々)がスサノウ系、新羅系の人々だったとして、甲州にはそういった人々を受入れる場所であった事が解ればそれで十分なのです。


黄泉平坂の葡萄


サノウ、イザナギ、イザナミを考えていると、多少、思いついたことがありました。

 イザナミが死んだのを悲しみイザナギが黄泉の国に行った時の話に既にブドウが出てくるのです。


男神・イザナギと一緒に国造りをしていた女神・イザナミが亡くなり、悲しんだイザナギはイザナミに会いに黄泉の国に向かう。イザナミに再会したイザナギが一緒に帰ってほしいと願うと、イザナミは黄泉の国の神々に相談してみるが、けして自分の姿を見ないでほしいと言って去る。なかなか戻ってこないイザナミに痺れを切らしたイザナギは、櫛の歯に火をつけて暗闇を照らし、イザナミの醜く腐った姿を見てしまう。怒ったイザナミは鬼女の黄泉醜女(よもつしこめ。醜女は怪力のある女の意)を使って、逃げるイザナギを追いかけるが、鬼女たちはイザナギが投げる葡萄や筍を食べるのに忙しく役に立たない。イザナミは代わりに雷神と鬼の軍団・黄泉軍を送りこむが、イザナギは黄泉比良坂まで逃げのび、そこにあった桃の木の実を投げて追手を退ける。最後にイザナミ自身が追いかけてきたが、イザナギは千引(ちびき)の岩(動かすのに千人力を必要とするような巨石)を黄泉比良坂に置いて道を塞ぐ。閉ざされたイザナミは怒って、毎日人を1000人殺してやると言い、イザナギは、それなら毎日1500人の子供が生まれるようにしようと返して、黄泉比良坂を後にする。

ウィキペディア(20161204 14:36による


してみるとイザナギは予め「葡萄」「筍」を用意していたのでしょうか?おかしな話ではありますが、所詮、「古事記」の95%は嘘というのは百嶋由一郎先生の常套句でした。

 しかし、スサノウの親父であるイザナギは葡萄を知っていたと考えられていたからこそ葡萄を投げて脱出したとされたのです(前ブログ)。

 その子であるスサノウ、そしてそのスサノウ系の人々が大挙甲斐に侵入したとすれば、葡萄の種の一粒でも持った人が随行していたと考える方がむしろ自然なのではないでしょうか?

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記
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