太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

はじめに


すでに、当方の「ひぼろぎ逍遥」がオンエアされていますが、九州王朝論の立場から、より「神社考古学」へとシフトした神社研究の古層を探るものとして新たなブログをスタートさせました。


かなり突っ込んだ内容で書いて行く言わば奥ノ院にしたいと考えています。


綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」は、九州大学の物理学の教授であった故真鍋大覚氏による「那の国の星・拾遺」をヒントに神功皇后を追い求めておられます。


これに対して、対向の意図は全くないのですが、当方は、かつて、草ヶ江神代史研究会を主宰されていた百嶋由一郎氏の神社考古学に基づくフィールド・ワークにより書いて行きたいと考えています。


お断りしておきますが、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。


これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象も認められます。


詳しくはユーチューブ等で永井正範氏の講演をお聴きください。


また、このブログには百嶋神社考古学を追求する他のサテライト研究会に参加されている研究者の小研究を掲載することも考えています。


最近の傾向としては後発の(跡宮)の方がより読み込まれているようです。



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2017年03月09日

304 打上神社と蟻通明神 

304 打上神社と蟻通明神 

20160914

 太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


百嶋由一郎氏と初めて接触した時期から頂いていた資料の中に次の物がありました。

 気には掛けてはいたのですが、未だ実踏には至らず、公開もままならないのですが、何時行けるかも分からないまま放置するよりは公開し、現地に近い方々に調べて頂く方が良いのではないか考えお知らせする事にしました。

 本来、現地も踏まずに勝手な翠勺を行うことは危険極まりないもので、ここでは憶測を抑え、簡単なコメントを加えるだけにしたいと思います。

 まず、打上神社です。

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打上神社 カーナビ検索 大阪府寝屋川市梅が丘1丁目


祭神  武内宿禰  配祀 八大竜王、八幡大神  摂社 住吉社、稲荷社、神明社


敬愛するHP「玄松子」による


「皆さんこの打上の意味がお分かりになっておられません」と言われていたのは百嶋翁でした。

勿論、打ち上げ花火の打ち上げのようですが、そうではなく、御簾の打上(ターシャンという中国語の表記)の意味で、極めて高貴な方の社殿との意味が込められていたのでしょう。

祭神が武内宿祢となっているのは全国的な偽装であり、高良玉垂命その人=第9代開化天皇を祀る超高格式神社の意味なのです。

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打上神社(高良神社)

高良大明神と脇神に八幡大神、八大龍王が祀られている本殿へとつづく参道にある大鳥居の前には、「高良神社」と刻まれた大きな石碑が建っている。これは、古くより高良宮、高良明神社として打上村の人々が崇敬していたが、明治時代初めに村社(神社の格式)指定により打上神社とされた。しかし、人々の敬愛の念が強く、今も地元では高良神社と呼んでいる。高い所にあるだけに、古墳石を使った役行者小祠(えんのぎょうしゃしょうし)のある高台に登れば、大阪平野を一望できる眺望がすばらしい。裏山には巨岩をくりぬいて造られた墓室がある極めて珍しい横口式古墳で、国指定史跡の「石宝殿古墳」もある。


HP「観光施設検索」による

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石宝殿


神殿に御簾が張られているところをご覧になった方は少ないと思います。

 実際、当方も数回の実例があるだけで、よほど高貴な神様なのだろうと思ったものでした。

 天皇の玉座には御簾が張られ直接見通す事が出来ないようになっていた事は良くご存じだと思いますが、

それが神社の神殿にも適用されたものだと考えられそうです。

 まず、関西地区で第9代開化天皇(愚かな御用学者どもが、初代神武を良いとこ取りし、欠史8代などと称して架空としていますが、実は神功皇后と末永く添い遂げた)にお会いになりたければ、住吉大社か、この打上神社に行かれたら良いでしょう。

 ちなみに、御簾の打上に遭遇したのは七支刀のレプリカントが置かれた福岡県旧瀬高町(みやま市)のコウヤの宮からも遠くない、みやま市河内の現仁神社に隣接する玉垂宮でした。

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蟻通神社


次は蟻通神社ですが、こちらはかなり知られた神社です。

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蟻通神社 カーナビ検索 大阪府泉佐野市長滝814


表向きは大国主命を祀る神社とされていますが、そうではありません。

 蟻通明神の御正体は中国から与えられた称号である中将を持つヤタガラス=豊玉彦なのです。


紀貫之の故事伝承のお話の後、神社に「蟻通(ありとおし)」と名をつけた由来のお話が続きます。 昔、唐土(もろこし)の国が日本を属国とするため提示した三つの難題に対して主人公の中将が老いた父の助言に従い帝に進言し、問題が解決されます。この三つ目の難題の答となった蟻に糸を結んで七曲りの玉に緒を通したという説話が「蟻通神社」の縁起、社名伝説となりました。智恵のある中将の父によって日本は難を逃れることができました。帝は、褒美を下賜しようとしますが、中将は、老いた両親を助けて欲しいと答えます。  当時、老人は都払いにするという決まりがあったからで、これを聞いた帝は感心して、この習わしを改め、世の人々に親孝行を奨励したといわれています。 後に、この孝養の深い中将と智恵のある両親は、蟻通明神として祀られました。

歌の意味は、「七曲がりに曲がりくねっている玉の緒を貫いて蟻を通した蟻通明神とも人は知らないでいるのだろうか」

同社HP

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これは下調べですので悪しからずご容赦

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 12:00| Comment(0) | 日記
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