太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

はじめに


すでに、当方の「ひぼろぎ逍遥」がオンエアされていますが、九州王朝論の立場から、より「神社考古学」へとシフトした神社研究の古層を探るものとして新たなブログをスタートさせました。


かなり突っ込んだ内容で書いて行く言わば奥ノ院にしたいと考えています。


綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」は、九州大学の物理学の教授であった故真鍋大覚氏による「那の国の星・拾遺」をヒントに神功皇后を追い求めておられます。


これに対して、対向の意図は全くないのですが、当方は、かつて、草ヶ江神代史研究会を主宰されていた百嶋由一郎氏の神社考古学に基づくフィールド・ワークにより書いて行きたいと考えています。


お断りしておきますが、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。


これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象も認められます。


詳しくはユーチューブ等で永井正範氏の講演をお聴きください。


また、このブログには百嶋神社考古学を追求する他のサテライト研究会に参加されている研究者の小研究を掲載することも考えています。


最近の傾向としては後発の(跡宮)の方がより読み込まれているようです。



無題.png

無題.png

無題.png

o0198005613264565002.png o0199005613260936971.png 無題.png

2015年04月07日

062 松江市の高良神社の実見から 

062 松江市の高良神社の実見から 

      20150203

久留米地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


瀬 戸内海側の津山の高良神社を見て大阪の豊中、奈良に向かいましたが、その帰路、再び岡山の造山古墳を見たいと言う同行者の意向もあり、総社市から岡山市の 牛窓の手前の安仁神社を見て、岡山自動車道、から雪の米子自動車道で山陰に移動し、一路、松江の高良神社を目指すという無計画な移動でしたが、早くも夕刻 には宍道湖周辺に到達していました。


無題.png

元々、松江市の高良神社の住所は松江市八幡町とまでしか分かっていませんでした。

ただ、事前に詳細な地図で場所の把握はしていたため、現地には直ぐに入ることが出来ました。

現地は、宍道湖と中海を繋ぐ古代航路上の東の入口にある高台といった場所で、古代においては非常に重要な要害の地であることは直ぐに分かりました。

この松江の辺りでは、米子の宗形神社の近くに高良神社がありますが、それよりも、直ぐそばには、9号線沿いに堂々たる社殿を持つ武内神社(祭神:武内宿禰)があるのです。

無題.png

社殿は至って簡素なもので、これといった特別なものはありません。

ただ、参道左手の摂社には「威徳神」なる木製の神額が残されており、威徳天神が菅原道真であることから、この高良神社を祀る人々が菅原系であることだけが見て取れました。

無題.png

今回は時間の問題もあり周辺調査が全くできませんでした。いずれもう一度周辺を調査したいと考えています。米子の高良神社は既に数年前に見ていますので、これで四国の瀬戸内側と中国地方の全ての高良神社を見ることが出来ました。

あとは、姫路の高良神社と、徳島の高良神社3社を見れば畿内より西の全ての高良神社を確認できることになります。

最後に、このところ気になっているテーマにここでも遭遇しました。

それは、神武東征ではなく(神武東征は贈崇神)神武御巡幸に関わる神社(例えば岡山市の安仁神社)に置かれていると言われる五角形の石の標柱をここでも発見したのです。

百嶋先生は全国で三つ見つけたと言われていましたが、私は先生が知られていない佐賀県武雄市の川上淀姫神社でも見ており、既に、岡山市の旧太伯村の安仁神社は確認しており、どうもこの高良神社も神武御巡幸に関わる神社のように思えてきました。

無題.png

宮 崎県日向市に神武天皇の船出の地がある。あれは嘘です。あの神武天皇は祟神天皇です。そして、祟神天皇を嘘とわかりながら隠して、神武天皇として盛んに売 り出しているのが、鹿児島の福山にある神武天皇社です。間違いなく嘘とわかっていながら、声を大きく発表しないで神武天皇を祀っているんですよで誤魔化す んです。本当のことをいえないから。そして、その南九州に本物の神武天皇が跡形を残してらっしゃる。どのような跡形を残しているかというと、第一、都城、 隼人、次、八代地区、こういうところに神武天皇の、そして、お姉さんであるアマテラスオオミカミの御足跡がそっくり残っています。そして、今度はですね、 その神武天皇が日本を全部回って、神武東征ではありませんよ、神武御巡幸です。日本全土を御巡幸なさっています。その跡が日本の各地に残っています。とこ ろが全部秘密にされていますが、此の頃ちょっとだけ、尻尾を出そう出そうと努力している宮司さんがおられます。その一つ、牡鹿半島、男鹿半島、私が今何を 申し上げたかわかりますか? 牡鹿半島は太平洋、同じ字でありながら、男鹿半島は日本海、そしてどっちも神武天皇と関係があります。…


牛島稔太のHP神社伝承から見る古代史 百嶋由一郎先生の世界 --- もう一つの神々の系譜 ---

から

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 13:10| Comment(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: