太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

はじめに


すでに、当方の「ひぼろぎ逍遥」がオンエアされていますが、九州王朝論の立場から、より「神社考古学」へとシフトした神社研究の古層を探るものとして新たなブログをスタートさせました。


かなり突っ込んだ内容で書いて行く言わば奥ノ院にしたいと考えています。


綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」は、九州大学の物理学の教授であった故真鍋大覚氏による「那の国の星・拾遺」をヒントに神功皇后を追い求めておられます。


これに対して、対向の意図は全くないのですが、当方は、かつて、草ヶ江神代史研究会を主宰されていた百嶋由一郎氏の神社考古学に基づくフィールド・ワークにより書いて行きたいと考えています。


お断りしておきますが、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。


これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象も認められます。


詳しくはユーチューブ等で永井正範氏の講演をお聴きください。


また、このブログには百嶋神社考古学を追求する他のサテライト研究会に参加されている研究者の小研究を掲載することも考えています。


最近の傾向としては後発の(跡宮)の方がより読み込まれているようです。



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2015年04月03日

バックナンバー

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013 石上神宮所蔵の国宝七支刀はみやま市から美作を経由し奈良天理へと移された!“石上神社の元宮は美作の石上布魂神社、元々宮はみやま市のこうやの宮と田中神社”

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018 「日本書紀」の裂田の溝(サクタノウナデ)“裂田神社に神功皇后と一緒にいたのは誰か?”

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022 禁断の百嶋由一郎神社考古学

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024 大国主は九州で生まれた “オオナビコ(大国主命=オオナムチの幼名)を祀る春日市の伯玄社”

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026 “志賀島金印シンポジウム”と宗像の神 

027 宗像大社は8世紀初頭まで三女神を祀っていなかった! “本当の祭神は大国主命”

028 邪馬台国と対抗した狗奴国は熊本県益城町の朝来山とどのような関係があるのか?

029 伏見稲荷様も九州出身 “春日市の白川伯王益寿稲荷”

030 猫坂礎石群はワカヤマトネコヒコ(第9代開化天皇)の宮殿か “大野城市” 

031 百嶋神代系譜について

032 草部吉見神社の由緒書について

033 伊勢神宮にはなぜ内宮と外宮が存在するのか? @ “淡 海”

034 伊勢神宮にはなぜ内宮と外宮が存在するのか? A “夫婦石”

035 伊勢神宮にはなぜ内宮と外宮が存在するのか? B “二 見”

036 伊勢神宮にはなぜ内宮と外宮が存在するのか? C “神風の伊勢”

037 伊勢神宮にはなぜ内宮と外宮が存在するのか? D “姫 戸”

038 伊勢神宮にはなぜ内宮と外宮が存在するのか? E “まずは御由緒から”

039 伊勢神宮にはなぜ内宮と外宮が存在するのか? F “籠神社が九州から持ち出された痕跡”

040 伊勢神宮にはなぜ内宮と外宮が存在するのか? G “籠神社から大江山へ向かう前に”

041 沖ノ島祭祀は宗像一族のものだったのか? “小田富士夫説から”

042 超高格式瀬高玉垂宮の神功皇后像が消えた “みやま市河内の高良玉垂の宮”
posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 01:24| Comment(0) | 日記
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