太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

はじめに


すでに、当方の「ひぼろぎ逍遥」がオンエアされていますが、九州王朝論の立場から、より「神社考古学」へとシフトした神社研究の古層を探るものとして新たなブログをスタートさせました。


かなり突っ込んだ内容で書いて行く言わば奥ノ院にしたいと考えています。


綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」は、九州大学の物理学の教授であった故真鍋大覚氏による「那の国の星・拾遺」をヒントに神功皇后を追い求めておられます。


これに対して、対向の意図は全くないのですが、当方は、かつて、草ヶ江神代史研究会を主宰されていた百嶋由一郎氏の神社考古学に基づくフィールド・ワークにより書いて行きたいと考えています。


お断りしておきますが、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。


これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象も認められます。


詳しくはユーチューブ等で永井正範氏の講演をお聴きください。


また、このブログには百嶋神社考古学を追求する他のサテライト研究会に参加されている研究者の小研究を掲載することも考えています。


最近の傾向としては後発の(跡宮)の方がより読み込まれているようです。



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2014年12月19日

024 大国主は九州で生まれた “オオナビコ(大国主命=オオナムチの幼名)を祀る春日市の伯玄社”

024 大国主は九州で生まれた “オオナビコ(大国主命=オオナムチの幼名)を祀る春日市の伯玄社”  
20141020

久留米地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


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054 伯玄社
伯玄(はっけん)さん(無類の力持ち、働き者で頓知に富んだとされる人物)が伯玄の丘に働き神としてまつられ、民話として語り継がれている。
大国主命と言えば神話の世界の大スターですが、多くの皆さんは出雲辺りにいたと信じて疑いをお持ちではないことでしょう。
しかし、百嶋神社考古学では全く異なります。
大国主の先祖は半島、古くは大陸からの渡来神であり、恐らく出雲神話の舞台も半分以上は北部九州とされていたようです。
今回ご紹介するのは、最低でも幼少期は福岡県春日市にいたとする物証に近いものかも知れません。

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伯玄社 福岡県春日市伯玄町2丁目24 春日市商工会敷地内  092-581-1407カーナビ検索


通常、大己貴神(オオナムチ)は大国主命の別名として扱われます。
また、「古事記」では「大国主の子供の頃の名前」とします。
百嶋先生は地元の神社でもあることから、くまなくフィールド・ワークを行っておられていたようです。
相当、深いところまで調べておられたはずで、草ケ江神代史研究会に密かに伝承されてきた情報と重ね合わせ、この白玄社に祀られた神はオオナムチになる前の幼名であることをご存じだったのです。
さらに、狗奴国の乱の中心人物である大山祇神(=月読命)の子が大国主命=オオナムチであり、狗奴国の乱の政治的責任の一端をこのオオナムチも負っていたと言われています。
ここまでくるとかなり高度な話であり、記紀神話を金科玉条とする方々からは何を馬鹿な!と言われることは重々承知していますが、百嶋説の継承者としてはそうとしか言えないのです。
まず、大国主命はスサノウの子であるとか、六世、七世の孫だとかされています。
百嶋神代系譜を見ると、大山祇神と草野姫との間に生れた神大市姫の弟、木花咲姫の兄になります。
この大国主命の母親草野姫(埴安姫)は同時にイスラエル系の金山彦(金佐大神)の妃として櫛稲田姫を生んでいるため、スサノウにとってはこの埴安姫は母親になる訳で、結果として、大国主命はタネ違いながらスサノウの義理の息子と言えないこともないのです。
この点、子とする「日本書紀」は「古事記」よりは正しそうに見えますが、まだ、全く暗中模索が続きます。

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読みづらくなっていますが、「大己彦」と書かれているようです


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※クリックで拡大

部分系譜をご覧ください


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※クリックで拡大

春日市教育委員会による伯玄社遺跡の解説


この伯玄社は古墳時代に先行する弥生の遺跡(伯玄社)の上に置かれています。
柳葉型磨製石鏃、支石墓、甕棺、土壙墓、貝輪など、雑餉隈遺跡などと同じ系統だと思いますが、朝鮮半島との関係が考えられます。
大国主命は「古事記」がスサノウの6代の子としたことから、神社研究者の間では出雲系とか新羅系と考えられています。
ただ、百嶋神代系譜では、婚姻関係により、ギリギリスサノウの子と言えないこともないが、大国主命は父である大山祇はトルコ系(匈奴)であり、朝鮮半島の朴に繋がる白族の埴安姫の一族との間に生れた大国主命も征服と被征服との関係を見てか、トルコ系であるとされていたようです。
付近には有名な須久岡本遺跡もありますが、様式の違いから、まずは、征服者、被征服者の関係が考えられそうです。
百嶋神代系譜によって民族の衝突、制服、被征服、融合が認められるのですが、考古学的推定と神社からの神代研究が結びつけば面白いですね。直ぐに結論に飛びつくのはまだまだ危険でしょう。
オオナビコがオオナムチよりも若い時代の名前であるとして、他に同名の神社が一切ない以上、少なくとも、白族出身の母を持ち、トルコ系の父を持つ若きプリンスがここにいたとすれば、オオナムチの出身地は春日丘陵一帯だったとまでは言えそうです。
朝鮮半島からの渡来人と衝突する場所は北部九州です。
以前から主張しているように、大国主命が譲った国は九州であり、出雲神話の舞台はやはり九州なのです。
菊池川流域地名研究会メンバーで「牛島稔太のHP」のマネージャーである牛島氏が、「神社伝承から見る古代史」百嶋由一郎先生の世界--- もう一つの神々の系譜 --- で百嶋講演を文字化しておられますので、以下、白玄社について話されたことをご紹介します。

同じく、春日市内にもうひとつとてつもない神社、即ち、大国主のみことが、大国主になる以前の大奴彦(おおなびこ)、後々昇格して大己貴(おおなむち)となるかたをお祭りした白玄社がある。このお二人は、この狗奴国の乱が終わってほっとしている状態のお姿を現しています。…と。
posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:14| Comment(0) | 日記
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