2023年11月24日

979 「古代史山ちゃんブログ」より転載 第七十五話  「贈応神天皇」(1)

979 「古代史山ちゃんブログ」より転載 第七十五話  「贈応神天皇」(1)

20230528

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

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第七十五話  「贈応神天皇」(1)


百嶋神社考古学研究会はかなり大きな拡がりを見せています。

始めは近畿大和朝廷の影響が緩い関東地区からの関心が多かったのですが、徐々に畿内に於いても関心を持つ方が広がりを見せており、支配的な影響力を持つなどと言った大げさな事は申し上げるつもりはないのですが、最低限、百嶋由一郎の業績、研究内容の一端でも残す事は出来るであろうとは考えています。

今回、掲載する「古代史山ちゃんブログ」は以前にもご紹介していますが、オチャラケタタイトルにも拘わらず、バリバリの文献史学派の研究者であり、愛知の物部地区でかなりの影響力を持つ古田史学の会の下部組織で活動されている方によるブログです。

古田武彦が鬼籍に入り、古田史学の会は分解過程に入るだろうと予測はしていましたが、「古田先生の説が誤りだとでもいうのか…」と言った教条的な姿勢では会の将来はないとして、当方は10年ほど前から、佃収研究、百嶋神社考古学に進出し、新たな研究内容で牽引する以外にはなく、問題は2つの全く異なる研究の整合性を多少とも繋げられたら望外の喜びと考えています。

 山ちゃん さんは周辺にも文献史学派の研究仲間をお持ちで、中京地区最大の郷土史会にも入り込んでおられると聴いており、そのうち大きな力を発揮される時が来るであろうと思っています。

 これ以上は申し上げられませんが、実際には、かなりの影響力を持ち始めておられるようです。

 まあ、我々もいつまで活動できるか分かりませんが、種を蒔き、実生が理想ですが、挿し木をしてでも真実の古代史神代史を多少とも残そうと考えています。

 今回のテーマは以下の2本のブログとも関係する話であり、我々が中宮と呼ぶこれまで謎であった若宮神社の神像と関係する内容ですのでお読み頂きたいと思います。

 新ひぼろぎ逍遥

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続)宇佐八幡宮中宮の若宮神社から近畿大和朝廷の宇佐八幡宮

への変化を探る

937

宇佐八幡宮中宮の若宮神社から近畿大和朝廷の宇佐八幡宮への

変化を探る(共通掲載)


 関東地区でも埼玉県内で一緒に神社調査に協力頂いている若手研究者もおられることから、徐々に研究者は広がりを見せています。

 ただ、その程度では追いつかないのが現状であり、仁徳天皇が応神天皇の子だなどと言った後の藤原が造りでかした大嘘がまかり通っている状況では如何ともしがたいとの思いは消せません。しかし、我々にはやれることをやる以外には方途はないのです。間が抜けた事に、一時期は古田史学の会を追い抜くとまで豪語した九州〇〇史の会も九州王朝論の幟を下ろしているのですからザマないのです。

 2022.03.08

図 宇佐神宮社殿配置図    出典:新ひぼろぎ逍遥Extra”古川清久氏加筆
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上記図の「高良玉垂神秘書」と社殿配置図に注目してください。

高良大明神は神功皇后と夫婦なり。

高良大明神とは、高良玉垂命で第二代住吉様であり、開化天皇です。

境内の住吉神社にはご夫婦で住まわれています。

正統な天皇ではなく藤原氏によって贈られた天皇

八幡信仰

宇佐神宮


1.正統な天皇ではなく藤原氏によって贈られた天皇

応神天皇と仁徳天皇の『古事記・日本書紀』記事は重なっており、両天皇を同時代の人物とする見解が多く見られます。

私見も同様で、正統な天皇ではなく藤原氏によって贈られた贈応神天皇としています。

また、応神天皇を祀る神社を調査すると、両親とされる贈仲哀天皇・神功皇后を除くと皇后や妃並びに御子も祀られていません。

この事実は、応神天皇(諱 品陀和気命・譽田別命・譽津別命を含む)が後世の「八幡信仰」によって祀られた可能性を示唆します。

謎の贈応神天皇に迫るため、八幡信仰と八幡神の本宮とされる宇佐 神宮から検証してみましょう。

2.八幡信仰 (出典:日本大百科全書)、

全国各地に鎮座する八幡神社または若宮八幡社などの名で呼ばれる神社信仰。本宮は宇佐神宮で八幡大神・比売大神・神功皇后をご祭神とし、八幡大菩薩が信仰の対象。我が国の神社信仰の中で最も普及した信仰で、全国に四万余の八幡社があります。

八幡神は、一般に「戦の神・仏教守護神」と云われますが、その信仰の発生・発達は複雑で「海の神・鍛冶の神・秦氏の神・焼畑の神」などの諸説があります。

故百嶋氏の見解は、海神豊玉彦”“鍛冶の神はスサノオとしています。

3.宇佐神宮 大分県宇佐市南宇佐

間違える人も多いので、断っておきますが、宇佐八幡社ではなく、宇佐神宮です。

(1)由緒(同神宮HPより転載)

「御祭神である八幡大神さまは応神天皇のご神霊で、571年(欽明天皇の時代)に初めて宇佐の地にご示顕になったと云われます。応神天皇は大陸の文化と産業を輸入し、新しい国作りをされた方です。

神亀二年(725)現在の地に御殿を造立し、八幡神をお祭りされました。これが宇佐神宮の創建です。(中略)八幡神が祀られた八年後の天平五年(733)に神託により二之御殿が造立され、宇佐の国造は比売大神さまをお祀りしました。

御祭神である八幡大神さまは応神天皇のご神霊で、571年(欽明天皇の時代)に初めて宇佐の地にご示顕になったと云われます。

@ご示顕になった地

宇佐神宮の南東4qのところにある御許山(おもとやま山頂。御許山は別名「馬城峰(まきぼん)」と呼ばれています。

御許山山頂の大元神社  大分県杵築市山春町大字向野

通称宇佐神宮「奥宮」

ご祭神;比売大神(ひめおおかみ)

(大元神社の由緒)

「比売大神が宇佐嶋に降臨された。」と記しています。

比売大神とは、「湍津姫命(たぎつひめのみこと)・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)・田霧姫命(たきりひめのみこと)」いわゆる「宗像三女神」としていますが、これは後世の説で本当のところはわかりません。

福岡県飯塚市大分(だいぶ)  大分八幡宮

ご祭神:応神天皇・神功皇后・玉依姫命

同社は、宇佐八幡宮の本宮、筥崎(はこざき)八幡宮の元宮とも呼ばれています。

『大分宮縁起(だいぶみやえんき)』には、「三十代欽明天皇の御代に豊前国宇佐郡菱形池のほとりで大神比義(おおがひぎ)に「われは誉田天皇広幡八幡麻呂(ほむたてんのうひろはたやはたまろ)なり。」と神霊が顕れました。永く天下に敬われていましたが、宮所を作って神として祀る事がなかったので宇佐に顕れた。」とあります。

同縁起から、示顕の地は、以下のような経緯で伝承されたと考えられます。

最初に御許山に「比売大神」が示顕した。

次に、豊前国宇佐郡菱形池のほとりで大神比義に神託がおり、「誉田天皇広幡八幡麻呂」が示顕した。

A「比売大神」とは

ブログ新ひぼろぎ逍遥を主催する古川清久氏説

比売大神は、神武天皇の御母神玉依姫(おんははかみたまよりひめ)」

神玉依姫は白族統領大幡主の姉で、御子は神武天皇です。

大幡主の後継者豊玉彦は、その名が示すように「豊国王」でもありました。

ブログ神社見聞牒を主催する宮原誠一氏説

比売大神はアカル姫

アカル姫は、豊玉彦の姉でスサノオの正妃。御子には市杵島姫があります。

図 御許山の「大元神社」周辺地図

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(2)宇佐神宮の境内

大神比義が神託を受けた「菱形池」の周囲には境内摂社が取り巻いています。

大神比義は「阿蘇族川上猛」の末裔で、藤原氏の先祖に繋がる人物です。


@同神宮が特別視する上宮の「二之御殿

図の左上部「上宮拡大図」の中央が「二之御殿」です。

祀られているのは「比売大神」です。

注)現在は創建年度順に祀られています。

一之御殿 八幡大神 誉田別命 創建725

二之御殿 比売大神(宗像三女神としています)創建733

三之御殿 神功皇后 創建823

配置図では、二之御殿が神の位置である中央に配置されています。現在は消失しています

が、御殿の前には勅使門と申殿(さるでん)が建っていました。

勅使門は天皇かもしくは勅使が入る門で、中央の二之御殿に祀る「比売大神」が「最初に

示顕した神であり、宇佐神宮の本来の祭神」と考えられます。

故百嶋氏は「一之御殿の後見人は海幸彦こと天児屋根命(あめのこやねのみこと)、すな

わち春日大神(かすがおおかみ)、二之御殿の後見人は天之御中主(あめのみなかぬ

し)、三之御殿の後見人は開化天皇」と述べています。

図  「宇佐神宮境内」案内マップ  出典:同社HP


A境内摂社

○若宮神社(若宮五神)

ご祭神:仁徳天皇・大葉枝皇子(おおはえおうじ)・小葉枝皇子(こはえおうじ)・隼

總別皇子(はやぶさわけおうじ)・雌鶏皇女(めんどりおうじょ)

写真  宇佐神宮摂社若宮神社   出典:同社HP

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黒男(くろどん)神社ご祭神:武内宿禰(たけうちすくね)

春宮(とうぐう)神社

ご祭神:莵道稚郎子命(うじにわかいらっこのみこと)

宇佐祖(うさのおや)神社

ご祭神:宇佐津彦・宇佐津姫

水分(みずまくり)神社 ご祭神;罔象女神(みずはのめのかみ)

スサノオの最初の妃、大山祇命(おおやまづみのみこと)と草野姫(かやのひめ)の王女で、弟は大己貴命(おおなむちのみこと)後の大国主。

八坂神社ご祭神:スサノオ命

B上宮が祀る神を後見する神社

一之御殿を後見する春日神社

ご祭神:海幸彦こと草部吉見命(かやべよしみのみこと)、またの名に天忍穂耳命・大年神・天児屋根命・後の贈孝昭天皇

二之御殿を後見する北辰(ほくしん)神社

ご祭神:天之御中主、白川伯王の姉、またの名に白山姫・菊理姫など。夫は金官伽耶国王越智族金越智またの名ウマシアシカビヒコチ。二人の間の御子には大山祇命と神大市姫(かみおちひめ)があります。

三之御殿を後見する住吉神社

ご祭神;神功皇后の夫三男底筒男神(そこつつおのかみ)こと開化天皇

図 宇佐神宮社殿配置図   出典:新ひぼろぎ逍遥Extra”古川清久氏加筆

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posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記