2021年08月28日

ビアヘロ183 9月講演予定の「炎のピラミッド」田尻盛永八坂神社宮司 は西原村講演に変更されました!

ビアヘロ183 9月講演予定の「炎のピラミッド」田尻盛永八坂神社宮司 は西原村講演に変更されました!

太宰府地名研究会(神代史研究班) 古川 清久


画像阿蘇山を中心に“ピラミッドの法則”により肥後の11の神社が精密に配置されている! 注)古川

 以前、南阿蘇の八坂神社(祇園社)の田尻宮司による精密な数理研究をご紹介しました。

 とっかかりとしては以下のブログを中心にお読み下さい。


 ひぼろぎ逍遥(跡宮)90 驚愕の“炎のピラミッド” 004 図26-1,2 “八坂神社両神社の、境内地の具体的な対称性”〜86驚愕の“炎のピラミッド” 001 阿蘇小国両神社と阿蘇南郷谷八坂神社の境内地の不思議な対応  年間500社もの神社を巡る二十年近い神社探訪でも最も驚いた事がこの田尻宮司による阿蘇を中心とする11社の研究でした。南阿蘇村八坂神社の田尻宮司は1997年の地理情報システム学会(東京大学)ばかりではなく、当時、熊本県観光連盟主催(県観光振興課後援)の「ふるさと寺子屋塾」においても講演されていました。今、明らかになる「火の国の炎のピラミッド」以下要約。


自然の阿蘇五岳と人為の神社群。それらの位置関係を調べると、驚くべき事実が浮かび上がってきます。それらの神社群が黄金比の拡大数列であるフィボナッチ数列と呼ばれるものによってキチンと配置されているのです。具体的に言うと、阿蘇神社とその補完社である霜宮、八坂神社とその補完社である竜王社(久木野神社)、この4点に囲まれた図形は、きれいな平行四辺形になります。そしてその中心に阿蘇五岳があります。ちょうど噴火口と火口湖の中間地点が中心となります。その中心を通る北北東に傾いた二十二度四十二分の線の延長上に国造神社があります。その他の阿蘇郡内の小国両神社、草部吉見神社、吉松宮、群外では健軍神社、甲佐神社、三角の郡浦神社、これらは阿蘇の三摂社といわれ、特別に所縁のある神社ですが、これらの火の国最古の十社と阿蘇五岳の山頂の三角点を厳密に結ぶと、きれいに配置がなされています。そして、神社の境内の造り、石垣、建物までも、すべて類似性と対称性を持って造られていることがわかりました。それらの配置のすべて数学的に計算されており、阿蘇五岳の中で、高岳の炎を噴き上げる姿を核となし、自然の五岳と人為の神社群の組み合わせによって、ピラミッド状に造形されているのです。
無題.png

阿蘇神社(阿蘇市)国造神社(阿蘇市)霜神社(阿蘇市)吉松宮(阿蘇市)両神社(小国町) 八坂神社(南阿蘇村)龍王社(南阿蘇村)草部吉見神社(高森町)甲佐神社(甲佐町)健軍神社(熊本市)郡浦神社(宇城市)これら数十キロ離れた肥後の重要な神社群が、大きな高低差がある中三次元的に正確に配置され社殿、境内地までも計算され建設されているのです。


この素晴らしい研究を神社本庁、県神社庁、文化庁…は無視し続けていますが、宮司も80歳になられ、講演を企画したものの、小倉では不可能となり西原村の伊藤邸での収録を代行講演の予定です。ご参集を!

無題.png

八坂神社(北山神社・祇園社)カーナビ検索熊本県阿蘇郡南阿蘇村一関671

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 21:03| Comment(0) | ビアヘロ

670(後) “ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている!  八坂神社+龍王社 祭神編

670(後) “ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている!  八坂神社+龍王社 祭神編

20210712

太宰府地名研究会 古川 清久


ひぼろぎ逍遥(跡宮)

670

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

I 八坂神社+龍王社 祭神編

669

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

I 八坂神社+龍王社 数理編

668

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

H 郡浦神社 祭神編

667

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

H 郡浦神社 数理編

666

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

G 甲佐神社 祭神編

665

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

G 甲佐神社 数理編

664

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

F 健軍神社 祭神編 

663

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

F 健軍神社 数理編

662

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

E 草部吉見神社 祭神編

661

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

E 草部吉見神社 数理編

660

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

D 阿蘇神社 祭神編

659

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

D 阿蘇神社 数理編

658

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

番外 二つの直角三角形

657

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

C 両神社 祭神編

656

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

C 両神社 数理編

655

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

B 吉松宮 数理編祭神編

654

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

A 阿蘇霜宮数理編祭神編

653

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

@ 阿蘇国造神社 祭神編

652

“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている! 

@ 阿蘇国造神社 数理編

651

阿蘇山を中心に“ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が精密に配置されている! 


尚、幾つか前のブログで阿蘇の神沼河耳=金凝彦(カナコリヒコ)=贈る綏靖天皇を蘇民将来伝承の巨胆将来としましたがそれについては以下を参照下さい。


 ひぼろぎ逍遥(跡宮)

371

蘇民将来 巨旦将来と百嶋神代系譜 C 宮崎県五ヶ瀬町鞍岡の祇園神社の更に深部へ

370

蘇民将来 巨旦将来と百嶋神代系譜 B 分離先行トレッキング

361

蘇民将来 巨旦将来と百嶋神代系譜 A 鳥瞰

346

蘇民将来 巨旦将来と百嶋神代系譜


ひぼろぎ逍遥版のみ (跡宮)版にも多くがありますので後は検索で…

570

熊本県西原村鳥子の鳥子阿蘇三之宮神社再訪 

444

人吉盆地の最奥部で異彩を放つ白水阿蘇神社をご存じでしょうか?

375

阿蘇高森の草部吉見神社の摂社三郎神社とは何か? 

311

人吉盆地の雨宮神社(熊本県相良村)再訪 “悲劇の雨宮姫”

270

草部吉見神社近郊の神社 高畑年禰神社(幸福社)の衝撃 A

269

草部吉見神社近郊の神社 高畑年禰神社(幸福社)の衝撃 @

268

草部吉見神社からもほど“近い?”早楢宮のイチョウの絨毯

217

阿蘇高森の草部吉見神(春日大神=建御雷之男神、武甕槌神)の

御先祖の写真をお見せします

189

阿蘇の大蛇伝説と祖母山 “大分県竹田市の穴森神社”

183

神武天皇の正妃アイラツヒメ(蒲池姫)を祀る神社 

“郡浦神社(熊本県宇城市三角町)”

178

金凝彦=贈)綏靖天皇を確認 “遅れ馳せながらも

阿蘇神社に金凝彦を認識した”

163

畿内に神沼河耳(第2代綏靖天皇)を単独で祀る神社などありえない!

162

神沼河耳(綏靖天皇)から阿蘇氏を考える“草部吉見が

神武の皇子と称する訳”

161

金凝神社 “日田市天ケ瀬町五馬市の古社”

158

阿蘇国造神社と甲佐神社の祭神 B

157

阿蘇国造神社と甲佐神社の祭神 A

156

阿蘇国造神社と甲佐神社の祭神 @

122

草部吉見神社の深夜の遷座祭

119

阿蘇草部吉見神社の日子八井命御陵

97

草部(草壁)吉見神社とは何か? K “草壁と草部と日下部”

96

草部(草壁)吉見神社とは何か? J “草壁吉見縁起”

42

阿蘇高森の「草壁吉見」神社とは何か?  I 

“肥後人は支那人だった!?”

41

阿蘇高森の「草壁吉見」神社とは何か?  H 

“阿蘇から筑後に移動した阿蘇氏”

40

阿蘇高森の「草壁吉見」神社とは何か?  G 

“阿蘇ご一家神代系図”

39

阿蘇高森の「草壁吉見」神社とは何か? F  

“八井さんを探して下さい”

38

阿蘇高森の「草壁吉見」神社とは何か? E 

 国造神社と風宮神社

37

阿蘇高森の「草壁吉見」神社とは何か?  D  

“草壁吉見神社の参拝客急増”

36

阿蘇高森の「草壁吉見」神社とは何か?  C  

“龍田の神を立野に祀る!”

35

阿蘇高森の「草壁吉見」神社とは何か?  B  

神代系譜

34

阿蘇高森の「草壁吉見」神社とは何か? A 

 立田阿蘇三宮神社

33

阿蘇高森の「草壁吉見」神社とは何か?  支 那

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 20:47| Comment(0) | 日記

670(中) “ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている!  八坂神社+龍王社 祭神編

670(中) “ピラミッドの法則”で肥後の11の神社が配置されている!  八坂神社+龍王社 祭神編

20210712

太宰府地名研究会 古川 清久


無題.png龍王社 :豊玉姫

一方、久木野神社(龍王社)は豊玉姫(旧祭神=豊玉彦)であることから白族系、つまり博多の櫛田神社の大幡主系の神社であると分かります。

 そこまで見てくると、白水村は阿蘇系と思われる1社栗焼神社に加え、観光地としても有名な巨大遊水池に鎮座する白川吉見神社はあるものの、この神社も本来は大山祗の娘神大市姫=ミヅハノメこそが主神であって、それを阿蘇系が覆い被さろうとしている神社であることは一目なのです。

こう考えると、旧白水村には阿蘇系は皆無に近い事が分かるのです。

 これは、草部吉見が短期間伊勢の外宮の豊受大神をお妃とした事から、白水吉見神社(ミヅハノメは伊勢の外宮の母神)にヒコヤイミミが入り込んでいるに過ぎないのです。勿論、その後は山幸彦=猿田彦=ニギハヤヒがその任を継ぐのです。

 旧久木野村に於いてもこの傾向は変わらず、二子石日吉神社が大山咋系(父神:草部吉見、母神市杵島姫)である以外、目立った阿蘇系神社は無く、ここも、金山彦+スサノウ+大山祗系の山上楽園だった事が分かるのです。

 ここまで考えてくると、南郷谷は白族系が卓越した、阿蘇谷は阿蘇氏が卓越したエリアである事が見えてくるのです。

 恐らく、雲南省の昆明と(大里グループは怒江)から紅河で海南島へ更に列島へ入った白族=天御中主+大幡主系に対し、雲南省麗江から(怒江)海南島を経由し天草苓北そして列島へ入った黎族=多氏=阿蘇氏=後の藤原氏は取決めを行ない棲み分けを行なった様にさえ思えるのです。

 一つ問題があるのは阿蘇谷の金山彦系で、火振り神事で知られる霜宮も金山彦系の民が住み着いていた土地の様に見えます。

 ここも豊かな遊水地で農耕に適した沃土ですが、高千穂と同様の鬼八(喜八)伝承が在り、これもイスラエル系金山彦系の民の土地だった様に見えるのです。

多くの民が混住した事は十分に考えられるのですが、恐らく、阿蘇系が入る前に金山彦系(秦の始皇帝と姻戚関係を結ぶ)は入っていた様に思えるのです。

 恐らくそのイスラエル系の民の中に、出エジプト以来の民がおり、ピラミッドを造る技術を持った人々もが存在していたのだと思うのです。

そして、その彼らこそが天球を観側し、爆発を続ける阿蘇高岳を封じ込めるべく、11の神社群を整備し文字通りの天井楽園を造ろうとしたのではないかと思うのです。

つまり、田尻宮司の御先祖様達の中にピラミッドを造った技術者のグループが在り、その大号令のもと阿蘇系の民をも巻き込み、高岳中央河口丘を封じ込め、メソポタミア神聖直角三角形とエジプト神聖直角三角形の中にいわば結界を張り阿蘇五嶽を封じ込め、文字通りの天井楽園を造ろうとした様に見えるのです。

 不十分ながらここに田尻想定の概略をブログにしました。

 既に651660はオンエア済みですが、漸く残り10本をアップする事ができます。



posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 20:46| Comment(0) | 日記