2021年08月22日

ビアヘロ181 丁巳歴史塾7月は三題噺になってしまいました

ビアヘロ181 丁巳歴史塾7月は三題噺になってしまいました

太宰府地名研究会(神代史研究班) 古川 清久


古典落語の世界には三題噺というものがあります。

 「笑点」など一度も見たこともないのですが、古典落語の大御所といわず、三題噺は普通におこなわれる余興のようなものと思ってください。

 始めは事代主のブログ氏に単独講演して頂こうと依頼したのですが、少し目先を変えて私と伊藤女史を加えて三人で色々なご質問にお答えしようという多少思いあがった企画が持ち上がりました。


三題噺(さんだいばなし)とは、落語の形態の一つで、寄席で演じる際に観客に適当な言葉・題目を出させ、そうして出された題目3つを折り込んで即興で演じる落語である。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』20210717 10:59による


ここでは、私が話そうと思う内容を新たに書き降ろし、それをお読み頂こうという事にした訳です。まあズルですね。本来は無題.png自然と盛り込むものですが、一人のパネラーとして話す場合は、我を抑え、疑問に素早くお答えし、他のパネリスト(パネリストはともかくパネラーは日本語英語ですかね)へ迷惑を掛けない様にしなければならないのです。では、メリットは無いのかと言われそうですが、そういう事もなく、三人のミツワ石鹸(古いですね…PGサンホームが継承した事までは覚えていますが)の様に重なった部分が相互に現れるため、重なる部分が新たな展開に繋がる場合があるのです。つまり、良く言えば、三人寄れば文殊の知恵なのです。勿論、上手くいけばの話ですが。そこで、私が百嶋由一郎氏の外向きの話をして、事代主のブログ氏が内向きの話(百嶋由一郎氏の原点である久留米高良大社の「高良玉垂宮神秘書」の要点を列挙する)になりそうです。

 「宮神秘書」という難解かつ読み辛い書物を、分かり易く解説するというのですから、私としても有り難いことこの上なく、「宮原誠一の神社見聞諜」の宮原氏がこの先駆者であり、この分野では最も詳しいのですが、嬉しい限りです。

伊藤女史からは神籠石の話をすると聴いていましたが、私の話が多少は8月のトレッキングで山口県防府市の玉祖神社〜防府天満宮〜天御中主神社でもあるから、例の大室寅之助の出身地である光市、多布施町の石城山神籠石も絡めた話になり、全て繋がりがあるシンポジウムになりそうです。石城山神籠石については、過去、数回訪れ、中心部に祀られている神社の祭神についても「ひぼろぎ逍遥」でリポートしていますので、興味を持たれたら探して下さい。以下。


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山口県光市の石城山神籠石と石城神社 A 石城神社 

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山口県光市の石城山神籠石と石城神社 @ 石城山神籠石


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石城山神籠石 地理院地図(山口県光市)

百嶋神社考古学の最も重要な話の一つ


@ 後の藤原氏となる阿蘇氏は漢族から雲南省麗江に追い詰められた黎族の抵抗派(苗族などは帰順派)で怒江を降りサイゴンから黒潮に乗り海南島へ入り力を蓄え熊本県苓北町から阿蘇へ入る(前3世紀辺り)。


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麗江の支那 手書きデータ 百嶋神社考古学初期03230121阿蘇の草部吉見系は支那人です

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奈良県田原本町の多神社


A 雲南省昆明(顛池の畔)や麗江の大理にいた白族の一派も、漢土から脱出し始めます。大理の白族は黎族の阿蘇氏と共にサイゴン経由ですが、昆明の主力はそのまま紅(ファン)河を降り、直接、ハノイ沖の海南島へ入り、熊本から隈地名と共に北上し博多の櫛田神社の大幡主の一族、下賀茂神社の一族となるのです。

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根子岳の南麓、阿蘇南郷谷の高森町には白川(白水)が流れ出す色見、上色見熊野神社がありますが、この熊野系神社こそ白族の神社であり、天御中主命=白山姫の流れを汲むものなのです。旧白水村も在りましたね。熊野本宮大社はアカル姫(スサノウと別れた市杵島姫の母神)=イワナガヒメを、熊野那智大社はイザナギと別れたイザナミ(クマノフスミ)を、熊野速玉大社は櫛田神社の大幡主=カミムスビを祀る神社群なのです。この南阿蘇一帯に入ったのが白族系、金山彦系、スサノウ系の人々で、どうも阿蘇系は阿蘇谷に住み分けているようです。白族は南阿蘇を気に入ったみたいですね。棲み分けですね。

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B 大山祗の一族は半島の金官伽耶から入った王昭君の一族(トルコ系匈奴=南匈奴)で海稲作漁撈の民ではないため空白だった火山灰土壌で稲作不適地で畑作地帯の古代日向(鹿児島+宮崎)に展開した。

Cスサノウは新羅の皇子ですが、イザナギ(昔氏)とイザナミ(イスラエル系金山彦の妹)の子で、櫛田神社の大幡主の隣に祀られています。いずれ9月にご紹介する予定である「炎のピラミッド」研究の南阿蘇村の八坂神社(祇園社)の田尻盛永宮司の神社もスサノウが筆頭神です。

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この黎(リー)族と白(ペイ)族こそが日本列島民族の34割程度になっているのではないかと考えています。スサノウ系+金山彦系に高木大神系(イスラエル系先行居住神)に江南から入って来た海人族(福建省、浙江省)の越人+周王朝(イスラエル系)の後裔の呉の王族がポリネシアン、バジャウを加えたのが列島に進出した主要民族で、これに百済、新羅、高句麗、漢族、秦氏、渤海が入ってくると列島は民族の坩堝となり、小規模には楚も邯鄲も土舎も早い段階で入っている。これが倭国〜日本国なのです。

これらを全て取り込んだのが我が列島であり多くの民族を一体化させることが急務になるのです


@ 神武 神日本磐余彦天皇(カンヤマトイワレヒコノスメラミコト)       九州王朝正統皇統

A 綏靖 神渟名川耳天皇(カンヌナカワミミノスメラミコト)            阿蘇系(黎族)

B 安寧 磯城津彦玉手看天皇(シキツヒコタマテミノスメラミコト)         大幡主(白族)

C 懿徳 大日本彦耜友天皇(オオヤマトヒコスキトモノスメラミコト)      九州王朝正統皇統

D 孝昭 観松彦香殖稲天皇(ミマツヒコカエシネノスメラミコト)          阿蘇系(黎族)

E 孝安 日本足彦国押人天皇(ヤマトタラシヒコクニオシヒトノスメラミコト) 玉名半阿蘇系(黎族)

F 孝霊 大日本根子彦太瓊天皇(オオヤマトネコヒコフトニノスメラミコト)   九州王朝正統皇統

G 孝元 大日本根子彦国牽天皇(オオヤマトネコヒコクニクルノスメラミコト)  九州王朝正統皇統

H 開化 稚日本根子彦大日日天皇(ワカヤマトネコヒコオオヒヒノスメラミコト) 九州王朝正統皇統

I 崇神 御間城入彦五十瓊殖天皇(ミマキイリビコイニエノスメラミコト)       黎族+白族

J 垂仁 活目入彦五十狭茅尊(イクメイリビコイサチノミコト)         宮崎生目神社主神

K 景行 大足彦忍代別天皇(オオタラシヒコオシロワケノスメラミコト)    玉名半阿蘇系(黎族)

L 成務 稚足彦天皇(ワカタラシヒコノスメラミコト)               素性系統不明

M 仲哀 足仲彦天皇(タラシナカツヒコノスメラミコト)            九州、山口に痕跡

N 応神 誉田別天皇(ホンダワケノスメラミコト)               宇佐素性系統不明

O 仁徳 大鷦鷯天皇(オホサザキノスメラミコト)               九州王朝正統皇統

※以下省略

初期16代の天皇+贈る天皇を見るとその事が良く分かります。

後の藤原が好きなように拵えた皇統符ですが、通説派が説明に窮し投げ出した結果欠史8代などと言われる近畿大和とは縁もゆかりもない29代の天皇(そもそも何故初代神武を外し良いとこ取りしているのでしょう?勿論、崇神を神武に仕立てたいからですが)を含む天皇群の中に阿蘇系、白族系などの全く血脈の繋がらない人物が天皇扱いにされているのです。当然、藤原は阿蘇系ですのでご覧の通りです。

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posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | ビアヘロ