2020年07月03日

732 米水津湾の神々 C “米水津竹野浦の天満宮の写真が消えた〜代わりに津久見市の石鎚神社”

732 米水津湾の神々 C “米水津竹野浦の天満宮の写真が消えた〜代わりに津久見市の石鎚神社

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太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


 多くの写真を撮っているとその管理がかなり難しく、私の場合はパソコンの専用フォルダーに県、市町村、○○神社、@度目…などと個別のフォルダーを創り全てそれに放り込めば、後は神社フォルダーの中でパソコンが県、市町村別に分類してくれます。

 このため、作成したフォルダーにデジカメから取り込み送り込みさえすれば良いのですが、時として操作ミスなのかデータが飛んでしまう事があります。今回もそれなのですが、ネット上の写真だけでは書けないためにリポートは止めます。いずれ再訪しますが無理やり書くほどの事もないでしょう。

このため、今回書く予定はなかったのですが、佐伯市の北隣のセメントの町津久見市の神社のリポートを行なう事にします。

 津久見市と言えば、まずは赤八幡宮と相場が決まっているのですが、

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 直ぐに橘一族による石清水八幡系の八幡宮であることが分かりますが、ここでは津久見も地名のとおり、大幡主系氏族(白族)のエリアである事が良く分かります。

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つまり、宇佐の南、国東半島から豊後東岸は全て橘一族のエリアなのです。

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見た目に麗しい神社はそれなりに見ますが、風格と言い荘厳さと言いそれだけでも一見の価値ある神社です。

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赤八幡宮は紀氏=橘一族の八幡宮として理解しておけば当面それで十分として、以前からこの一帯にも石鎚神社がある事に気付いていました。

 カーナビで見つけていただけでしたが一向に見つからずそれっきりにしていたのでした。

 今回、時間的余裕もあったことから、赤八幡宮をゆっくり参拝し、付近の古老にお聴きすると、直ぐ傍に有る事を教えて頂きました。

 それでも迷って見つけられなかったのですが、もう一人のおばあさんから教えて頂き、ようやく辿り着くことができました。何の事は無い、百メートルと離れていなかったのです。

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石鎚神社 カーナビ検索 大分県津久見市宮本町22-9


 熱心に石槌神社の場所を教えてくれた初老のおばさんは、“毎年、四月にはバスを仕立てて石鎚さんに行くんですよ…”と言われていました。

 この豊後東岸の石鎚信仰圏は非常に興味深く、これだけに焦点を当てた調査をすべきかも知れません。

 とりあえず、落ち着きました。ただ、公民館には誰もおられず、祭壇は見る事ができませんでしたが、津久見市のもう一つの石鎚と併せ、もう一度考えて見ようと思います。

 問題は石鎚とは何かであり、金山彦で良いのではないかと思っています。

 と言ったものの、具体的にはスサノウと言うべきかも知れません。

 スサノウはヤマタノオロチ退治に依り金山彦と大幡主妹の埴安姫の間に産まれた櫛稲田姫をお妃にしている事から金山彦系ともスサノウ系とも言えるのです。

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石鎚神社 本社 カーナビ検索 愛媛県西条市西田甲797


御祭神と御神徳   同社HP

石鎚神社は石鎚毘古命(いしづちひこのみこと)をお祀り申し上げています。石土毘古命(いわつちひこのみこと)もしくは、石鎚大神(いしづちおおかみ)とも申し上げ、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)伊邪那美命(いざなみのみこと)の第2番目の御子にあたります。諸願成就の神様で知られますが、特に家内安全・厄除開運・当病平癒の神として篤い信仰を受けています。


“石鎚神社は石鎚毘古命をお祀り申し上げています”とありますが、石鎚毘古命が誰かが分からなければ意味はありません。故)百嶋由一郎氏から聴いておけば良かったのですが、そのうち分かると思います。

 謎があるから神社探査は興味深いのであって、信仰心を持ってしまえばお仕舞なのです。

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百嶋由一郎氏が残された神代系譜、音声CD、手書きスキャニング・データを必要な方は09062983254まで

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記