2019年12月24日

659 “ピラミッドの法則”により肥後の11の神社が配置されている! D 阿蘇神社 数理編

659 “ピラミッドの法則”により肥後の11の神社が配置されている! D 阿蘇神社 数理編

20181002


太宰府地名研究会 古川 清久


 熊本地震の結果なのですが、普段は全く窺い知る事の無い景色が阿蘇神社に出現しています。

 ご存じの通り、巨大楼門と参拝殿が大きな被害を受けており、既に撤去されています。

このため、三神殿が全て見通しできる状態になっています。

工事が始まれば全く見えなくなることからある意味で、阿蘇神社の歴史に於いても貴重な映像になるでしょう。

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祭神については次ブログにまわしますが、一点だけ、この一番奥の神殿に鎮座されているのは健磐龍命ではありません。

実は、阿蘇氏が第2代綏靖天皇とする(元々藤原氏は草部吉見神の後裔なのですが…)金凝彦(カナコリヒコ)=蘇民将来巨旦将来伝承の巨旦=高龗=神沼河耳命(カンヌナカワミミノミコト)外…なのです。

通説では神武天皇の第3皇子で母は皇后ヒメタタライスズヒメノミコトとする大神なのです。

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無題.png黄枠の部分が地震の被害を受け解体された部分です。文化財ですから恐らく同じ形で再建されると思いますが、既に大きな木材は二度と手に入る状況にはないのではないでしょうか?

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本著図13 63p


現在、尚、阿蘇神社と言えば健磐龍といった印象があまりにも強過ぎるため、最奥部の神殿に誰が祀られているのか、また、阿蘇家とどのような関係があるのかという事があまり理解されてはいないようです。 

そこに祀られている神こそ通説で第2代綏靖天皇とする=金凝彦=実は神沼河耳(阿蘇神社の社伝でも草部吉見、健磐龍の父神としていると考えるのですが無論確認はしていません)が祀られている事を知る人は少ないと思います。ただ、社務所備え付けの「阿蘇神社」(神社紀行)にもその事について触れてあります。社務所の受付棚でもご覧頂けますので参拝の折にでも目を通されればと思います。

では、再度、田尻宮司による解説をお読み下さい。

文字が少し細かいのですが、丹念にお読み頂ければ驚愕の事実が浮かび上がります。

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本著 64p


最後の部分もあまりにもさらりと書いてあり、ついつい読み飛ばしてしまいそうですが、実に驚くべきことが書かれているのです。

 また、健軍神社の長延長の参道、これについても前述していますが、その参道は阿蘇山ではなく雲仙普賢岳(高木大神のシンボル)の頂上に向けられているのです。

 そして、その参道距離987mの数字さえもπ(円周率)の2乗なのだと宮司は書かれておられるのです。


紀元前2000年頃 1936年にスーサで発見された粘土板などから、古代バビロニアでは、正六角形の周と円周を比べ、円周率の近似値として 3.317 3.142857313 = 3.125 などが使われたと考えられている。

紀元前3世紀 アルキメデスは、円の面積が円周率と半径の平方の積に等しいことを証明した。

ウィキペディア「円周率の歴史」(20181002 1434による


田尻宮司想定 “5世紀前後に11の神社群が成立している”に従えば、その前後には既に円周率πが列島で使用されていた…それどころかΦフィボナッチ数列、ルート(√)三角関数…が実践的に使用されていた事になるのです。

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posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記