2019年07月18日

607 出羽から陸奥への道 番外 続“山を森と呼ぶ人達”

607 出羽から陸奥への道 番外 続“山を森と呼ぶ人達”

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太宰府地名研究会 古川 清久


先に、ひぼろぎ逍遥(跡宮)582 出羽から陸奥への道 A “山を森と呼ぶ人達”として森地名を取り上げましたが、これはその続編にあたります。以下、冒頭の部分をお読み下さい…。

まず、山を「森」(モリ)と呼ぶ傾向を考えますが、そもそもフランス語では、Montagne(モンターニュ)と言いますね(モン・ブラン、モン・サン・ミッシェル…)、スペイン語はMontañ(モンターンニャ)、イタリア語も似たり寄ったりですが、英語は言うまでもなくMountain(マウンテン)ですし、ウルドゥー語もmountain(マウンテン)です。

面白いのはポリネシア語圏のハワイ島にマウナ・ロア=長い山、マウナ・ケア=白い山…があることです。

ちなみにトルコ語の山はdağ(ターグ)で以前から「岳」や「嶽」に通底しているような気もしています(百嶋神社考古学では熊襲はトルコ系匈奴とします)。


青森県弘前市を最後にいよいよ九州に向かって南下する時がやってきました。

弘前から国道7号線で日本海沿いに南下するのが無難で普通の選択なのでしょうが、同じ道を引き返して帰るは愚である…とばかりに、古代出羽の国の中心部を南下する事にしました。

勢い、105号線でマタギの里として知られる秋田県北秋田市阿仁辺りを通る事にしたのですが、その途中でかなり興味深い事に気付きました。

突然妙な話を持ち出しますが、皆さんは山を何と呼ばれているでしょうか?

山は山じゃないか…と言われるでしょうが、実はそうとも言えないのです。

 これまで、高知県の西部と言うか南部と言うか、当然ながら愛媛県の西南部も含むのですが、このエリアでは山は「〇〇森」と表記されているのです。

勿論、会話上では「山」で通じないなどという事はないのですが、地図をご覧になればお分かりの通り、大半、「〇〇森」と表記されているのです。

 これをどう考えるかですが、かつて山を普通に「森」(モリ)と呼ぶ人々が多数派であった痕跡ではないかと思うのです。

 この「〇〇森」は四国の西南部に広く分布しており、以前から注目していました。

 ところが、今回、青森、秋田、山形、福島…など東北地方の神社調査、民俗調査に入ったのですが、秋田県北秋田市の阿仁地域を横断したところ、「〇〇森」型表記が支配的である事に気付いたのでした。

 まず、山を「山」以外で表記する例は外にもあります。

 当然ながら「岳」「嶽」「峰」は普通に存在しますが、「山」でも「セン」と呼ぶ傾向も中国地方から兵庫県に於いてかなり見掛けるもので、大山(ダイセン)、氷ノ山(ヒョウノセン)、蒜山(ヒルゼン)、弥山(ミセン)、烏ケ山(カラスガセン)…これらは、一応、山岳修験のもたらしたものと理解しています。

 これで、山を「ヤマ」「サン」と呼ぶのが必ずしも当然とは言えない事がお分かり頂けたのではないかと思います。

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さて、ここで多少思い当たることがあります。

 そもそも「山」という文字はホコ(鉾、銛)の形をしています。

海神(ネプチューン)の持つ三叉槍の形が「やま」であるとすれば、祇園山笠の山鉾が「山鉾」(ヤマボコ)と呼ばれている事にも奇妙な付合を感じています。

 まずは、山が森と表記されている四国南西部の事例をご覧頂きましょう。

 これは高知県須崎市の西の津野町の○○森ですが、別に特殊なものではなく、四国南西部全域に普通に分布している一例ですので、後はご自分でお調べになって下さい。

 まだ、半信半疑かと思いますので愛媛県の例を出しておきましょう。

 司馬遼太郎の効果で良く知られるようになった西土佐の檮原町の直ぐ北の西予市○○森の例です。

 無論、山奥の集落には違いが無いのですが、恐らく四国全域には数百の○○森型表記が確認できるのではないでしょうか?

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まだまだありますのでご自分で


 以下省略。

 さて、現在、東北に展開した斯波氏(室町幕府将軍足利氏の有力一門で細川氏・畠山氏と交替で管領に任ぜられる有力守護大名)を調べているのですが、理由は簡単で、五年ほど前から戦国大名の朝倉氏が古くはこの斯波氏の臣下であったことに気付いていたからでした。

その上に、福岡県の現朝倉市に朝倉、志波という二つの大きな地名が関係していると考えたからです。

そこで、岩手県盛岡市などを中心に多くの地名を調べていたのですが、この「森」地名の典型的な例に気付いた事からご紹介しようと思い立ったものです。

 盛岡市の「七ツ森」地名(三ケ森という地名は北九州市にもあるのですが…)は明らかに七つの山が拾えるため、山を森と呼ぶと言うことが最も分かりやすい例だと思いますので改めてご紹介しました。

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実はこの「七ツ森」地名は、宮城県黒川郡大和町にもあります。7つの山の総称であり確かにそのような形をしています。してみると九州にあってもおかしくはなさそうです。

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これは一例に過ぎませんが、詳しくは以下のサイトをご覧ください。

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山を表す「〜森」という地形を集めてみました。「盛り」から転じたと言われていますが、東北地方と四国を中心に多数分布しております。


と、書かれている通り、四国は把握していましたが、東北の分布に関する把握が遅れたようです。

実は、後で思い出したのですが、手持ちの「南九州の地名」にもこの事はふれてあったのです。

鹿児島県南九州市にお住いの青屋昌興先生とは何度もお会いした間柄でしたが、この森地名は南九州にも分布しており、四国の色濃い分布もその延長に存在しているのではないかと考えています。

 まだ、気になる事があります。

京都の祇園祭の「山鉾」巡行ですが、「鉾」とは「銛」であり、「山」と「森」とが間接的に繋がっているように見えるのです。

 まず、山は三(サン)とも呼び、三本の指はポセイドンの三つ又の鉾と同じ形を表しています。

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無題.png三を表す場合、普通は真ん中の三(山)本の指(人刺指、中指、薬指)を立てますし、その場合鉾=銛(森)の形になりますね。

 このように三つ又の鉾(ネプチューンの鉾)が

三を表すことから同時に「山」を表し、鉾が銛であることから、「山」を「森」と呼んだのかも知れません。

 因果関係が前後しているかもしれません。

しかし、この奇妙な関係が「山」を「森」と呼ぶ問題と関係しているはずなのです。

 海神族は海人族と重なっており、この海人族の移動と山と森の日本語の分裂現象が関係しているのではないかと思うのです。

 では、「山鉾」は何故「山車」と同義とされ、山車(ダシ)とも呼ばれたのでしょうか?

 そして、ダシとは如何なる意味があるのでしょうか?今後の課題です。

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記