2019年06月02日

587 出羽から陸奥への道 F “酒田平野の縣社大物忌神社(酒田市)”

587 出羽から陸奥への道 F “酒田平野の縣社大物忌神社(酒田市)”

20180615

太宰府地名研究会 古川 清久


 新潟を抜け山形に入りましたが、朝からの上天気で雲一つ浮かんでいません。

 眼前には鳥海山が美しいシルエットを送ってくれています。

 酒田で見るべき神社と言えば大物忌神社となるでしょう。

通過したのは63日だったのですが、今の時期、どの町々でも金太郎飴のような安物イベントが行われており、落ち着いた佇みの酒田の町を見物する気など起こらず、いち早く大物忌神社を目指しました。

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山形県神社庁の資料でも御祭神は 稲倉魂命とされています。

稲倉魂命は実は伊勢の外宮の豊受大神であり、


倉稲魂命 うかのみたまのみこと

記・紀にみえる神。稲の精霊が神格化されたもので,五穀,食物をつかさどる。「日本書紀」では伊奘諾尊(いざなぎのみこと)と伊奘冉(いざなみの)尊の子。「古事記」では須佐之男命と神大市比売(かみおおいちひめ)の子で,宇迦之御魂神とかく。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

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神紋は左二つ巴紋であり 印象としては崇神天皇を意味するもののようです


 庄内藩は徳川の酒井が入っています。徳川でも松平が新田義貞の後裔であるとか、徳川の本多が賀茂神社の宮司家の一族であったとか言われる中、この神紋に対応するのは本多であって酒井(酒井は剣片喰)ではないため今のところ理解が出来ません。

 この神社の本質が掴めないのですが、デジタル版 日本人名大辞典が主張するように、“「古事記」では須佐之男命と神大市比売(かみおおいちひめ)の子で,宇迦之御魂神とかく。”が正しければ、御祭神は伊勢の外宮の豊受大神になるのですが、敬愛する玄松子氏によっても、“須佐之男命と大山津見神の娘・神大市比売命との間の御子として大年神とともに生れた稲の神。”とあり、この神社の御祭神は豊受大神で良いのでしょう。そうであれば、大物忌神社の「忌」とは、忌部氏の「忌」であり、ただ、豊受大神が大物忌とは受け入れ難いかったため少し時間を要したのでした。

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ともあれ、忌部のエリアが酒田まで拡がっているとは、やはりフィールド・ワークは無視できません。
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posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記