2019年03月06日

553 近江散歩 O 九州王朝の勅使門を持つ粟鹿神社再訪 “兵庫県朝来市和多山”

553 近江散歩 O 九州王朝の勅使門を持つ粟鹿神社再訪 “兵庫県朝来市和多山

20180424

太宰府地名研究会 古川 清久


既に、ひぼろぎ逍遥 スポット120 緊急リポート 全国の九州王朝論者に告ぐ! “九州王朝の古代官道と勅使門”外でお知らせした兵庫県朝来市の粟鹿神社、赤淵神社の二社ですが、伊藤女史一行をご案内して半年ぶりに再訪させて頂きました。彼女らの感性では別の新発見もあるのではないでしょうか。

ご一行のスケジュールもかなり過密であり、朝来市では外にもお見せしたい神社が幾らかあったのですが、とりあえず当方が最も重要と考える二社を御見せして、後は養父市に取って返して大屋町宮野の御井神社を案内する事にしました。


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無題.png既に3本のblogで報告していますが、まだ、九州王朝論者でもこの重要性については気付いておられ方は少ない様です。

 九州王朝にとって、養父市〜朝来市の重要性は語り尽くせないほどです。

 丹波丹後と併せ、この一帯には北部九州と対応する地名(二字であることから「好字令」以降)がある事は明らかで、この事はその時代に大量に北部九州の人々が入っている事を考えさせるのです。 

ただ、粟鹿神社の縁起を読むと「好字令」以前から北部九州からの植民が行われていた事は間違いないはずなのです。

 まず、「養父」も「朝来」も「朝倉」も北部九州の要地の地名です。それに加えて高良玉垂命=開化天皇の皇子が出てくること、神功皇后(開化天皇の正妃)の色濃い伝承もあることから、この二社に残る(勿論改築されていますが)勅使門とは九州王朝の勅使門にしか思えないのです。右は女性宮司から買い求めたお札です。


ひぼろぎ逍遥(跡宮)

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突然涼しくなったので丹波丹後の神社調査に… M 朝来市の足鹿神社再訪

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突然涼しくなったので丹波丹後の神社調査に… L 朝来市の赤淵神社の驚愕 下

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突然涼しくなったので丹波丹後の神社調査に… K 朝来市の赤淵神社の驚愕 上

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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


開化天皇の臣下でしかない贈る崇神の子の四道将軍を含め開化天皇周辺の人々が入っているのです

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記