2019年02月25日

548 近江散歩 J 多賀神社初見 “遅れ馳せながらも多賀大社初見”

548 近江散歩 J 多賀神社初見 “遅れ馳せながらも多賀大社初見

20180416

太宰府地名研究会 古川 清久


 お前は多賀大社にも参拝していなかったのか?と馬鹿にされそうですが、今回初めて足を踏み入れました。

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多賀神社と言えば知らぬ者のない大社ですが、伊邪那岐大神 伊邪那美大神を祀る神社とされています。

ただ、本来はスサノウや姉の神俣姫を祀る神社であり、その後継氏族が祀る神社であろうと考えています。

早くも祭神の話に入り込んでしまいましたが、まずは神社の概要をご覧頂きましょう。


〜由緒〜

古くから「お多賀さん」の名で親しまれる滋賀県第一の大社です。

日本最古の書物「古事記」によると、この二柱の大神は神代の昔に、初めて夫婦の道を始められ、日本の国土、続いて天照大神をはじめとする八百万(やおよろず)の神々をお産みになられました。…中略…

春のしだれ桜、秋の奥書院の紅葉なども見事で、近辺には彦根城や湖東三山、琵琶湖などの名所にも恵まれ、年間約170万人の参拝者を迎えています。


 無題.png同社HPトップ画面


 文字通り押しも押されもせぬ大社であり、九州にも福岡県直方市直方御館山にも多賀神社があります。

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同社には多くの境内摂社がありますが、著作権を強調されており、非常に印象が悪くこれ以上は同社HPについては引用も掘り下げる気には成りません。

 もう一つ、神社の系統を考える上で重要な神紋も見ておく必要があるでしょう。

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三つ柏紋とユダヤの燭台メノラー


 ユダヤなどと書くと直ぐに目つきが変わる方がおられますが、多賀神社の直ぐ南には、多賀神社と全く同様の伊邪那岐 伊邪那美を祭神とする胡宮(コノミヤ)神社があるのです。

無題.pngでは、胡人とは何かご存じでしょうか?


中国人が北方や西域の諸民族をいう汎称。前3世紀末に匈奴が勃興してからは,胡は匈奴の同義語として用いられたが,漢では西域人を胡ということもあった。唐代でも主として西域人をさしたが,北方民族をさしていうこともあった。前者の場合,東トルキスタンの住民のほかに,ペルシア,大食やインド方面のものまでをさすこともあり,またソグドの住民だけを胡ということもあった。


ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

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胡宮神社 カーナビ検索 滋賀県多賀町敏満寺49 0749-48-0136


この神社の方が多賀神社よりよほど関心を持ちますが、今回のブログに多少の混乱を招きますのでこれまでとして多賀神社に戻ります。

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ここで境内末社について少し触れておきましょう。

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同じ区画に二社が置かれていましたが左が愛宕神社で右が秋葉神社です


 実は愛宕神社も秋葉神社も等しく金山彦=加具土命…を祀る神社の事なのです。

 それが何故二社置かれているかを考えると、合祀の結果なのか勘違いなのかと思わざるを得ないのですが、逆に言えば、同一神と理解されているからこそ一緒に置かれているのかも知れません。

 分かり難い神社もあります。聖神社です。この神社が境内分社として祀られているのも興味深いです。

 聖神社とは第8代孝元天皇なのですが、何故、祀られているのでしょうか?

 そして、イザナギとイザナミとどのような関係があるのでしょうか?

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 結論から言えば、伊勢の外宮の豊受大神そして卑弥呼宗女伊予を通じて孝元天皇にイザナミ、イザナギの血が注がれているからだろうと思うのですが、ここで詳しく述べるのは止めておきましょう。

 ただ、何故、孝元なのかなど関心をお持ちの方は、つい最近書いた ひぼろぎ逍遥の方で以下をお読み頂きたいと思います。


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別役神社祭礼の日の前に見た心惹かれる一社

“孝元天皇を祀る高知県香美市香北町の聖神社”


 多賀神社についてはもっと重要な事があります。それはイザナギとイザナミは早い段階で別れて、イザナミは名をクマノフスミと変え熊野那智大社に祀られているのです。

 このように、イザナミは死んだことにされてはいますが、それはイザナギに対する配慮であって、列島の神々の協調を思わせるのです。

日本書紀の一書では穏やかに話し合いを行い、イザナミが「もう別れましょう」と言うと、イザナギ命が「お前には負けないつもりだ」と妙なことを言って唾を吐いたときに生まれたのが、速玉男命(実は大幡主)と言われ、そして、そのままイザナギ命が黄泉の国の穢れをパパっと掃ったときに生まれたのが事解男命(実は金山彦)とされています。

 半信半疑かも知れませんが、イザナギを祀らないイザナミを祀る神社が異常に多い事は神社研究者ならば知らないはずはないのであって、その理由はイザナミが早い段階で別れて熊野系に移行したからなのです。それは、イザナミは金山彦の妹だからなのです(だから愛宕神社、秋葉神社が大切に祀られているのです)。しかし、スサノウも神沼河耳のお妃である神俣姫も両神の子なのです。

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記