2019年02月21日

546 近江散歩 H 西浅井の鹿取五神社 “滋賀県長浜市(西浅井町)”

546 近江散歩 H 西浅井の鹿取五神社 “滋賀県長浜市(西浅井町)

20180416

太宰府地名研究会 古川 清久


 安曇川町から長浜市の中心部へと向かう途上、香取五神社に立ち寄りました。

 場所は琵琶湖の北の端、そのまま北へ向かへば敦賀から北陸へと入る要衝の地の神社です。

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大國主神社 (高島市) 大國主神社(おおくにぬしじんじゃ)は滋賀県高島市新旭町饗庭に鎮座する神社である。明治維新までは、「高嶋今宮」「今宮山王宮」と称した。通称、「五十川神社(いかがわじんじゃ)」。旧社格は村社。

ウィキペディア(20180416 1500による

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足を止めた理由は千葉県の香取神社の「香取」に魅かれたからでした。

この間熊本県の不知火海東岸に数社の香取を見出したことから、千葉県の香取神社さえも九州から海人族によって持ち出されたものではないかというブログを書いたところでしたから、思いは尚更でした。

当然にも、何故、香取五神社なのかと言うのも動機だった事は言うまでもありません。


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関東の鹿島、香取の香取神社は有明海から

移動したのかも知れない?A ”氷川以北の鹿島神社”

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関東の鹿島、香取の香取神社は有明海から

移動したのかも知れない?@ ”氷川以南の香取神社”


さて、「滋賀県神社誌」などを用意しているはずもなく、敬愛する「玄松子」氏に頼ることにします。


式内社 近江國淺井郡 鹽津神社 旧村社

御祭神 經津主神 武甕槌神 天兒屋根命 大日孁貴尊 天鈿女命 安閑天皇

滋賀県長浜市(旧西浅井町)にある。

JR近江塩津駅の南東2Kmほどの祝山(ほりやま)に鎮座。

8号線の塩津交差点付近から、東へ500mほど入った場所。

道路に面して南向きに鳥居が立ち、背の高い木々の奥に境内がある。

境内中央には、社殿まで綺麗な参道があり、正面に本社社殿。

社殿の右に、社殿より少し小さい境内社・八幡宮がある。

綺麗で、こざっぱりとした雰囲気で、丁寧に管理されているのだろう。

境内には、もう一つ小さな祠(秋葉神社)がある。

本殿は、社殿の中にあるが、屋根の形などはよく見えなかったのが残念。

ただ、社殿の裏に回ると、存在感のある瘤だらけの木が聳えており、

その異形さが、整った境内と微妙にミスマッチで、妙な怪しさを醸し出している、そんな感じ。

創祀年代は、慶長十八年(1613)。

塩津にある香取神社の氏子の間で、もめごとがあり、祝山が分離して、現在地に社殿を建てたもの。

というわけで、式内社・鹽津神社の論社ではあるが、可能性は低いようだ。

ただ、香取神社や香取五神社は、基本的に香取神宮からの勧請と思われ、主祭神・經津主神は、斎主の神。

つまり、祝い主の神で、鎮座地の祝山は、当所の鎮座地である可能性も十分に考えられる(と思う)。

明治までは、香取五所明神と称していたが、明治二年に、現社名・香取五神社に改称した。

『滋賀県神社誌』では神紋は「左三つ巴」となっている。が、社殿の屋根に、艶のある金色の九曜紋が付けられていた。

同じく、式内社・鹽津神社の論社である香取神社の神紋は九曜星なので、九曜紋なんじゃないかとも思うのだが。

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無題.png「玄松子」氏は経津神を筆頭とするも、岩裂、根裂の神…を祀る長浜市西浅井町塩津中の香取神社も見ておられますが、こちらは五柱の神を祀っています。このため香取五神社とは塩津の香取神社が底流にあり、経津主以外の武甕槌神 天兒屋根命 大日孁貴尊 天鈿女命 安閑天皇が追祀され数も合わなくなっている事と併せ考えれば、本来の経津神を筆頭とするも岩裂、根裂の神を祀る香取神社の祭神入れ替え、もっと言えば金山彦隠しの結果の装いを変えた神社であろうとの推定ができるのです。

結局のところ、この香取五神社とは金山彦(瀛氏)と埴安姫(白族)との婚姻によって成立した強力な北辰信仰=九曜星をシンボルとする神社であったのではないかと思うのです。

 そして、浅井朝倉の浅井(アザイ)氏もその系統の氏族だったのです。

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posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記