2019年02月17日

545 近江散歩 G 長浜市草野の許曽神社 “滋賀県長浜市草野町”

545 近江散歩 G 長浜市草野の許曽神社 “滋賀県長浜市草野町

20180414

太宰府地名研究会 古川 清久


 長浜市を流れ降る姉川の支流に草野川があります。

 我田引水と思われるかも知れませんが、長浜市の長浜が志賀島の海人族が持ち込んだ博多の長浜と考えます。さらにこの草野も当然ながら久留米市草野町の草野だろうと考えています。反論は如何様にも。

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草野川の中ほどに非常に印象的で清潔な街並みが並ぶ草野地区があります。

 そして、許曽神社があるのです。

 一方、久留米市草野町の正面には小郡市があり、七夕神社=媛社(コソ)神社があります。

媛社神は饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)を織姫神は饒速日尊の母にあたるとされる万幡秋津姫命(ヨロズハタアキツヒメノミコト)を祭神としているようです。

 この祭神が正しければ、万幡秋津姫命は高木大神の長女でありヤタガラス=豊玉彦との間に豊玉姫をもうけますので、その夫神がニギハヤヒとすれば、織姫神は饒速日尊の母にあたると言えるのです。

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野椎神のづちのかみ

別名 鹿屋野比売神:かやぬひめのかみ 草野姫:かやぬひめ 萱野媛命:かやのひめのみこと

草祖:くさのおや 野槌:のづち 鹿江比賣神:かえひめのかみ……

『古事記』では、伊邪那岐命・伊邪那美命による国生みの後の神生みの段で、風神(志那都比古神)、木神(久久能智神、山神(大山津見神)などと共に生まれている。

さらに、大山津見神とともに、土・霧・谷などの神々(天之狭土神・国之狭土神、天之狭霧神・国之狭霧神、天之闇戸神・国之闇戸神、大戸惑子神・大戸惑女神)を生む。

敬愛する「玄松子」による

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祭神を草野姫とする同社縁起


野椎神のづちのかみ

別名 鹿屋野比売神:かやぬひめのかみ 草野姫:かやぬひめ 萱野媛命:かやのひめのみこと

草祖:くさのおや 野槌:のづち 鹿江比賣神:かえひめのかみ……

『古事記』では、伊邪那岐命・伊邪那美命による国生みの後の神生みの段で、風神(志那都比古神)、木神(久久能智神、山神(大山津見神)などと共に生まれている。

さらに、大山津見神とともに、土・霧・谷などの神々(天之狭土神・国之狭土神、天之狭霧神・国之狭霧神、天之闇戸神・国之闇戸神、大戸惑子神・大戸惑女神)を生む。

敬愛する「玄松子」による


 後に奈良麻呂の変で藤原氏に敗北する橘氏ですが、何故、草野姫(カヤノヒメ)が祀られたのかは不明です。草野姫は博多の櫛田神社の大幡主の妹神で白族のプリンセスになるのです(百嶋最終神代系譜)。

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この草野の集落の正面に寺師という集落があります。このことについて思い当たる事があるのです。

 関心をお持ちの方は以下をお読み頂きたいのですが、実はこの寺師の一族は鹿児島県姶良市に起源を持つのです。 以下、ひぼろぎ逍遥(跡宮)522をお読み下さい。

522

鹿児島県姶良市寺師の大王神社初見


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神社自体は至って古風で、それだけでも心が惹かれますが、境内には寺師氏の出身地との石標が建てられていました。現在、寺師姓を名乗る方は大半は鹿児島、宮崎両県に集中しており、滋賀県には一家族が確認できます(草津市)。

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御祭神は弥都波能売大神(ミヅハノメノオオカミ)


御祭神は弥都波能売大神(ミヅハノメノオオカミ)の一神でした。単独での祭祀は初見です。

非常に古い女神様ですが、寺師一族と何らかの関係があるはずで、少なくとも自らはその後裔と言った理解をされているのだと思います。

 一般的に天御中主=白山姫(ミククルミタマノオオカミ)と弥都波能売(罔象女)の二神は共に水の神様とされる事が多いのですが(大半)、水波能売命と書かれている事もそれを象徴しています。勿論、逆に字面からかも知れませんが…。これも、農耕地の最上流に置かれている事も良く分かる気がします。

 さて、「記」「紀」の悪意に満ちた間の抜けた話よりも百嶋神代系譜を見ることにしましょう。

 百嶋神社考古学では、ミヅハノメこと神大市姫とは大山祗と大幡主の妹の埴安姫の間に産まれた娘で、大国主命とコノハナノサクヤの姉になる事がお分かり頂けると思います。

 あまり知られてはいませんが、大国主命、コノハナノサクヤヒメの実の姉に当たるスーパー・スター中のスーパー・スターなのです。そして、寺師の一族とは大山祗(トルコ系匈奴)と草野姫=埴安姫(白族)との間に産まれた神大市姫を祖とする一族であり、この滋賀県長浜市の草野と寺師の町とは伯母と姪の関係にあたる一族ではないかと言う事が見えて来るのです。

このトルコ系匈奴については、過去何度もふれていますが、バック・ナンバーから ひぼろぎ逍遥(跡宮) 621623タシクルガン(石頭城、石城山)Ta Shi Ku Er Gan Lu (上)外を参照下さい。


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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


 ともあれ、この草野と寺師という町が隣り合っているという事実は非常に魅力的です。

 単純には言えませんが、草野氏とは大幡主(ヤタガラスの父神)系白族の埴安姫の後裔氏族であり、寺師氏とは大山祗と埴安姫との間に産まれた氏族のように見えるのです。

 また、草野姫(カヤノヒメ)を奉斎する一族が守る上許曽神社を考える時、一般的に下照比売命を主祭神とするとか(速素盞嗚命・味耜高彦根命・大小橋命・大鷦鷯命・橘豊日命)牛頭天王を主祭神とするとか、かつて持て囃された金○○+谷川○○によるコソとは「社」のことで朝鮮系に決まっているなどといった乱暴な切り口では解読できない問題が横たわっているようです。

 上許曽神社(同社は草野の隣の長浜市高山町の南端にあります)長浜市の草野町に隣接して鎮座しています。高山町は行政単位であって実際には山ばかりの集落であり、上流には秋葉神社(金山彦)が祀られているものの、表面的には草野町の神社のようにしか見えません。

 この一帯は古代の謎が閉じ込められているようでさらに調べる必要がありそうです。


百嶋由一郎氏の資料(音声CD、神代系譜DVD、手書き資料)を必要とされる方は09062983254まで
posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 10:13| Comment(0) | 日記