2019年02月09日

541 近江散歩 C 熊野神社 “島根県松江市八雲町熊野”

541 近江散歩 C 熊野神社 “島根県松江市八雲町熊野

20180408

太宰府地名研究会 古川 清久


 近江〜丹波〜丹後の調査の帰路、休養が必要なこともあり温泉も併設されている松江市の熊野神社を訪れました。

 二十年ほど前に一〜二度訪問したことがあるのですが、当時は、まだ、神社の祭神に対して強い関心を持つに至っておりませんでした。このため、実質的には初見の神社と言えるかも知れません。

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意宇川河口には出雲国国府跡もあり、この流域が古代出雲の中心地、若しくはハート・ランドだった事は疑い得ません。

当然にもこの上流に鎮座する熊野神社が出雲大社に対してどのような関係にあるかに思いが馳せます。

まずは、島根県神社庁の「県内神社のご案内」の資料を確認しますと、スサノウを祀る神社となっています。

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このような祭神を考える時に重要な事は、仮にスサノウを祀るとしても、スサノウとクシナダヒメとの間に産まれた人々がスサノウを祀る場合もあれば、元々スサノウを奉斎する一族が住み着いていた場合もあるでしょう。

もう少し広げれば、百嶋神社考古学の立場からは、イザナミとイザナギの間に産まれたとしますので、イザナミ系、イザナギ系の後裔氏族のいずれかがスサノウを祀る場合もあるでしょう。

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同社掲示板


まず、イザナギ、イザナミのイザナギが祀られていない事がお分かり頂けるのではないでしょうか。

この傾向はある程度熊野系の神社を巡っておられる方は大体ご存じではないかと思います。

かなり一般的な傾向で、イザナミ、イザナギをセットで祀るのは多賀神社程度になります。

これを示唆するものにイザナギとイザナミのやり取りがあります。

日本書紀の一書では穏やかに話し合いを行い、イザナミが「もう別れましょう」と言うと、イザナギ命が「お前には負けないつもりだ」と妙なことを言って唾を吐いたときに生まれたのが、速玉男命(実は大幡主)と言われ、そして、そのままイザナギ命が黄泉の国の穢れをパパっと掃ったときに生まれたのが事解男命(実は金山彦)とされています。

イザナミとは金山彦の妹にあたる女神であり、ある意味でスサノウは金山彦の後裔である事が幾分かはお分かり頂けるでしょう。だからこそ博多の櫛田神社には大幡主と共にスサノウが祀られているのです。

そう思えば、この熊野大社にも金山彦系の荒神社が置かれている事も腑に落ちるのです。

その上に、そもそも櫛稲田姫とはイザナミの兄神の金山彦と大幡主の妹神である埴安姫との間に産まれたプリンセスであることから、この神社はプリンセスとプリンスを中心とする金山彦系が色濃い神社である事が見えてくるのです。

つまり、十束一担げに出雲系などと短絡するのではなく、より大幡主系(白族)にシフトした出雲大社に対して、金山彦系の神社が熊野大社と呼ばれている事を考える必要があるのです。

さらに重要な事は、この地に住み着いた人々も、九州からの移住者であって、スサノウとクシナダヒメが出会った場所も九州(熊本県山鹿市)であり、大国主命も少彦名命も福岡県内で活動していたのです。

これについてはひぼろぎ逍遥(跡宮)から以下をお読み下さい。


300

大宮神社と猿田彦大神 S “総括:百嶋由一郎神代系譜と猿田彦”

299

大宮神社と猿田彦大神 R “広島県庄原市の蘇羅比古神社にも山幸と豊玉姫が…”

298

大宮神社と猿田彦大神 Q “岡山県津山市の大美禰神社も天宇受賣命を祀る古社”

297

大宮神社と猿田彦大神 P “『儺の国の星 拾遺』の真鍋大覚は猿田の意味を知っていた”

296

大宮神社と猿田彦大神 O “猿田彦は何故猿田彦と呼ばれたのか?”

295

大宮神社と猿田彦大神 N “ひぼろぎ逍遥051 出雲の佐田神社と安心院の佐田神社 再掲”

294

大宮神社と猿田彦大神 M “鹿島、香取でご存じの香取神社の経津主も

猿田彦大神なのです”

293

大宮神社と猿田彦大神 L “福岡県豊前市の四公神社“

292

大宮神社と猿田彦大神 K “全国展開された猿田彦大神“

291

大宮神社と猿田彦大神 J “古代日向のヤゴローどん も猿田彦なのです“

290

大宮神社と猿田彦大神 I “山幸彦=猿田彦のもう一つのルーツについて”

289

大宮神社と猿田彦大神 H “猿田彦専門のサイトから”

288

大宮神社と猿田彦大神 G “猿田彦がニギハヤヒで山幸彦であることについて”

287

大宮神社と猿田彦大神 F “山幸彦=ニギハヤヒは博多の櫛田神社の主神の

大幡主の子であった”

286

大宮神社と猿田彦大神 E “佐野経夫(神理教教団)と菊鹿町「吾平」の

ウガヤフキアエズ陵”

285

大宮神社と猿田彦大神 D “佐野経夫(神理教教団)と猿田彦大神”

284

大宮神社と猿田彦大神 C 転載 “櫛稲田姫(クシナダヒメ)は熊本県

山鹿市で産まれた! ”

283

大宮神社と猿田彦大神 B “大宮神社の地主神が大宮神社の主祭神か?” 

282

大宮神社と猿田彦大神 A “大宮神社の猿田彦大神石塔と摂社群” 

281

大宮神社と猿田彦大神 @ “山鹿市の大宮神社とは何か?


従って、この松江の山奥と言っても、古代の中心地である意宇川沿いの豊穣の地に住み着いた人々とは金山彦系の人々であって、より海人族の匂いのする出雲大社系の人々とは系統が多少異なる事が分かるのです。

なお、宇加能御魂神とは伊勢の外宮の豊受大神=伏見稲荷=アメノウヅメであり、スサノウとミヅハノメ(大山祗命の嫡女)との間に産まれたこれまた最高格式の女神なのです。

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同社参拝殿

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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


ここまで分かれば、和歌山県の熊野との関係が気になりますが、それは長くなりますのでまた別稿とさせて頂きます。しかし、神紋を見ると亀甲紋に「大」の字が付されています。

この亀甲紋は博多の櫛田神社が起源であって(断じて出雲大社ではない)、「大」の文字の意味も「太一」の意味かも知れません(これは保留しますが)。丸に大なら大丸デパートか丸大ハムでしょうが…。

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スサノウの母君は良いとして、ここでもイザナギはどうしたのでしょうか?祀られていませんね。

故)百嶋由一郎氏の凄い所は、多くの神社の調査の結果、イザナミはイザナギと分かれており、博多の櫛田神社の大幡主と一緒になっていると突き止められているのです。

同社のHPには以下のように書かれています。

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さしずめ私達もそのような扱いを受けるのでしょうが、滋賀県の多賀神社の様にイザナギ、イザナミをセットで祀る神社もあれば、熊野神社の様にイザナギを祀らない神社も相当数存在するのです。

もしも、誤った紹介記事…と言われるのであれば、まず、この点だけでもご説明頂きたいと思うものです。

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最後に博多の櫛田神社前の掲示板には櫛稲田姫を右の様に書かれていました。

「マカミフル」とはそのまま解釈しますが、実際にはどのような意味があるのでしょう。

これは今のところ分かりませんので将来にまわすとして、アシナヅチとテナヅチこそ金山彦と、大幡主の妹である埴安姫であり、最後に掲げられている造化三神の神皇産霊尊こそ大幡主であり、ヤタガラスの父神にあたるのです。

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上で言うならば、中が素盞嗚尊(祇園宮)の紋、左が大幡主命(櫛田宮)の紋、そして右側が天照皇大神(大神宮)の紋になります。


百嶋由一郎氏の資料(音声CD、神代系譜DVD、手書き資料)を必要とされる方は09062983254まで
posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記