2019年01月30日

540 近江散歩 B 大荒比古神社 “滋賀県高島市安曇川町”

540 近江散歩 B 大荒比古神社 “滋賀県高島市安曇川町”

20180408

太宰府地名研究会 古川 清久


 安曇川町ではそれほど目立たない神社ではあるのですが、神社とはかくあるべしと言った風格ある神社でしたのでとりあげることにしました。

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安曇川町には安閑神社、田中神社など見るべき神社があるのですが、それはまたの機会にまわすとして、山手の安曇川を見下ろすような官制高地に置かれた神社が気になり足を延ばしました。

 まず、「大荒」の名からして崇神系の神社であろうと予測しましたが、どうもそれで良かったようです。

 この神社は、饗庭野と呼ばれる丘陵の南端あります。「延喜式神名帳」にある式内社であり、高島市マキノ町の浦地区にも同名の神社があります。
 祭神は、大荒田別命と豊城入彦命とされますが、豊城入彦は崇神の息子であり、また、バサラ大名で著名な佐々木道誉の流れと思われる佐々木高信勧請によるものようで、彼らの家紋である四ツ目に合わせたのか四神である少彦名命、仁徳天皇宇多(ウダ)天皇、敦実親王が祀られています。

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この四ツ目は高木大神系の紋章であり、バサラ大名で著名な佐々木道誉もその系統(血統の意味ではなく臣下と思うのですが…当面保留)の人だったのでしょう。

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祭神の大荒田別命は豊城入彦命の後裔なのですが、故)百嶋由一郎氏は“豊城入(トヨキニュウ)彦は久留米市豊城にいた”と言われていました(崇神は年嵩ながら開化の臣下でしかないのですから)。

 これも北部九州からの移動を思わせますが、少なくとも豊城入彦命を認識していた後裔氏族がこの地に入っていた事を思わせるのです。

 しかも、この神社の背後には日枝神社(大山咋神)があり、崇神の父神を祀っているのです。

 まあ、比叡山に近いのですから当然ですが(日枝は比叡の日枝は比叡の置換え)、その背後には陸上自衛隊の敷地があるようです。

 山幸系=ニギハヤヒ系ではない海幸系物部の拠点だった事までが見えて来るのです。

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贈)崇神ことミマキニュウヒコorツヌガノアラシトは朝鮮半島の安羅伽耶から入って来た人物ですが、高良玉垂命の臣下として四道将軍を派遣し畿内、北陸道、東海道、吉備…の開拓を行なったのです。

 その具体的な一つが近江とも言えるでしょう。

 敦賀=ツルガ=ツヌガ=ツノガは山を北へ越えた直ぐ裏側なのです。

 阿蘇系、藤原系氏族の本拠地だった事は一目ですが、近江には大幡主系海人族、金山彦系製鉄氏族、息長系、葛城系製鉄集団、崇神系 オオヤマクイ系、高木大神系氏族が割拠しているようです。

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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


研究目的で百嶋神社考古学関係資料を必要とされる方は09062983254までご連絡ください

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記