2019年01月17日

番外A 八幡宮の基層に九州王朝を見た “島根県大田市仁摩の石見八幡宮の若宮と淀姫”

番外A 八幡宮の基層に九州王朝を見た “島根県大田市仁摩の石見八幡宮の若宮と淀姫”

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太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


毎年三月三日に行われる高知県香美市の別役神社の大祭に今年初めて参加しましたが、伊予はもとより土佐の物部川流域の神社調査をある程度で切り上げ、檮原街道を取って返して、伊予市、松山市、今治市からしまなみ海道で北上して一路、島根県は大田市の三瓶山へ(四国から中国へ)と向かいました。

 別役神社は女系橘一族の祭礼がひな祭りの日に行なわれる事を確認するものだったのですが、物部氏の最強牙城とも言うべき大田市の方は、単に将棋の第67期王将戦(久保VS豊島)第5局の大盤解説会に参加する事が主たる目的でした。

 ただ、6日は完全に一日神社調査の時間を入れた事から、落ち穂拾い宜しく何度も訪れた物部神社の周辺の未踏の神社の調査に入る事にしました。

 この一帯とは、太田は元より大国、大森、大代、大屋、大江…といった大○型地名が乱舞する土地であり、同時に当時世界でトップ3に入る産銀地、石見銀山の地でもあるのです。


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石見八幡宮 カーナビ検索 島根県大田市仁摩町大国374


 何度も入っているからか、土佐に比べてそれほど成果の無かった石見の神社調査でしたが、どうせただの八幡宮だろうとこれまで敬遠していた仁摩の石見八幡宮を初めて踏むことにしました。

 といっても、朝から好天に恵まれ十社近くを巡った事からくたびれていたために遅れた昼食のために立ち寄ったのが真相でしたが、初見からどう見てもこの神社は八幡宮ではないと感じました。

 まず、神殿の造りが真上から見ると十字型になっているものでした。

多くの神社を見てくると分かるのですが、このタイプは金山彦(カグツチ)系の様式なのです。

 考えれば、国際的にみても巨大な産銀地帯であり、産鉄地帯の地である事から当然と言えば当然と言えそうなのですが、祭神は隠されているようです。

 まず、古代にはこの神社は海に洗われる汀線に沿った神社だったと思うのですが、それを実感できるだけでも踏む価値があるものです。実際には明日の王将戦に気もそぞろでしたが、始めから予定を立てないフィールド・ワークも馬鹿に出来ないものです。

石見限定ですが、今回の調査旅行での最大の成果は最後に訪れました。

 この神社の基層に本当に金山彦祭祀が存在していたかどうかはこれからの作業ですが、今回の大田市の神社調査でも金山彦祭祀が散見されます。はっきりしているのは王将戦の会場の国民宿舎さんべ荘からもほど近い志学地区にも八面神社が、三瓶町野城の円城寺境内にある野城神社の祭神も蔵王権現と、石見銀山最奥部の佐毘沙売神社(この女神は櫛稲田姫か市杵島姫か?)も共に金山彦の神仏混淆化された金山彦=カグツチ祭祀なのです。

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さて、神殿をご覧頂きましょう。千木は男神を示しており、神殿を上から見れば十字型である事がお分かり頂けるでしょう。

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 大岩塊の山裾の汀線に並ぶかなり大きな神社である事はご覧の通りです。


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まず、由緒に付属する境内配置図をご覧頂きましょう。

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主神が八幡神であることを一応は受け入れるとして、応神、仲哀、神功皇后も石清水八幡系の配神ですが、まず、右端の若宮神社の存在を見れば、この八幡宮の基層に九州王朝系祭祀が存在している事が見えてきます。

 何故ならば、高良玉垂命(=藤原によって第9代とされた開化天皇)と仲哀亡き後の神功皇后との間に産まれた長子(=藤原によって第14代とされた仁徳天皇)が境内内摂社として若宮が祀られているからです。

 想像でしかありませんが、恐らく開化だけは極秘中の極秘として消されていると考えられるのです(左 若宮神社)。

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概して、ヤタガラス=豊玉彦後裔紀氏=橘一族系の石清水八幡宮の影響下にあるところにはこの若宮神社が良く残されており、八幡宮だからと言って必ずしも宇佐神宮そのままの祭祀となっている訳ではないのです。

 無題.png無題.png右はいつも使うものですが福岡県久留米市の高良大社に残された「高良玉垂宮神秘書」の一節です。

 これをそのまま鵜呑みにしろなどとは申し上げませんが、少しは「古事記」「日本書紀」のインチキ神話から独立して頂きたいものです。

 さて、この神社を見て驚いた事がもう一つありました。淀姫神社です。

 淀姫とは肥前の一の宮とされ、佐賀県佐賀市となった旧大和町の川上の淀姫が著名です。

 ただ、分布から言えば佐賀県の西半部から長崎県に十数社分布しており、一部、福岡県の糸島半島や熊本県などに確認できますが、実は京都の伏見にも一社あり、その伏見の淀姫神社から大阪に流れ込む淀川が付されているのです(検索されれば伏見の淀姫の縁起をお読み下さい)。

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石見八幡宮境内摂社「淀姫神社」


 ここでは神功皇后の妹とされていますが(久留米高良大社の「高良玉垂宮神秘書」)、故)百嶋由一郎氏は、これはウガヤフキアエズ系の下剋上であって、淀姫は熊襲の川上タケルの妹であり、それをウガヤの息子の安曇礒羅は妃としていると言われていました。

 この石見に淀姫系氏族が入っている事がこの神社によって分かります。

 佐賀、長崎を中心に分布を見ていた淀姫ですが、福岡の糸島半島の桜井神社などに痕跡を発見し、もしかしたら…と、日本海岸に淀姫が展開している可能性を以前から考えていました。

 ようやくそれを山陰に見出しました。まだあるでしょうね!

 山幸彦=ニギハヤヒの子がウガヤフキアエズでありその子がアズミノイソラなのですから、実はニギハヤヒの展開(避退)地である石見に見出した事はリーズナブルなのです。


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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


百嶋神社考古学に関する資料を必要とされる方は09062983254までご連絡下さい

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記