2018年12月18日

527 熊本空港直下の二社を見る “熊本県大津町の窪田日吉神社と窪田阿蘇神社”(下)

527 熊本空港直下の二社を見る “熊本県大津町の窪田日吉神社と窪田阿蘇神社”(下)

20180212

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


窪田阿蘇神社には真新しい孟宗竹の鳥居が設えられていました。

当然、熊本人工(?!)地震によって鳥居や社殿に被害が出たからでしょうが、真新しいコンピュータ制御の完璧な鳥居より反って良いような気もします。

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祭神は以下の通りですが、草部吉見神社の配神ではなく阿蘇神社配神になっています。

 これを見る限り、そのまま阿蘇谷の阿蘇神社が大津に展開しているように見えます。

表面的には内牧の阿蘇神社そのものに見えます。

しかし、県神社誌の同社の摂社群を見る限り、菅原系神社しかなく、地神社にしても埴安姫と罔象女神であり、埴安姫と大山祗の子が罔象女神であることを考えれば、それらを奉斎する氏族を制圧して阿蘇系の支配が成立している事を見るのです。

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ご覧の通り参拝殿、本殿も地震の影響が出ているようです。

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重要なのはこの阿蘇神社の基層には別の神々が見える事です。神社誌に青枠を掛けていますが、これこそが、元々この地域の方々が奉斎していた先祖神のはずなのです。この「塞」は猿田彦かナガスネヒコか?

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波邇夜須命と美都波女命とはイメージが湧かない方が多いでしょうが、百嶋最終神代系譜をご覧ください。

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金山彦のお妃としての埴安姫(ヤタガラスの姉)、金山彦の後に大山祗の子としての美都波女命=神大市姫、同時にスサノウのお妃であり、金山彦と埴安姫の子である櫛稲田姫とスサノウの間に産まれた長脛彦こそ実は八衢比古であり、その妹の八衢比賣(ヤチマタヒメ)なのです。

一般的にはこの二神を猿田彦と天鈿女命に充てるのですが、それは神武天皇に逆らった逆賊を隠すためもあり、隠している間にそれが本物になってしまったものである…と考えるのです。

 その意味で塞神社を考えて頂ければ、この阿蘇系神社の底流には金山彦〜スサノウ〜大山祗そして岐神こと長脛彦が見えるのです。

 確かに表面だけを見れば阿蘇系神社です。そして、阿蘇系が覆い被さって以降はその通りでしょう。

 しかし、それでは古代の真実には全く迫れないのであり、この神社を祀る氏子の方々の遠い祖先の思いを裏切る事にもなるのです。


百嶋神社考古学に関係する資料を必要とされる方は090-6298-3254までご連絡ください

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記