2018年07月28日

480 突然涼しくなったので丹波丹後の神社調査に… K 朝来市の赤淵神社の驚愕 (上)

480 突然涼しくなったので丹波丹後の神社調査に… K 朝来市の赤淵神社の驚愕 (上)

20170912

 太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


 話が前後しますが、九州王朝論の場から考えるとあまりにも重要な問題である事から、急遽、大阪から内倉武久氏を呼び出し、最初に案内したのが兵庫県朝来市の二社、足鹿神社(既に ひぼろぎ逍遥 515 但馬に勅使門を持つ神社がある “兵庫県朝来市の粟鹿神社”で取り上げています)と赤淵神社でした。

 この二社の重要性は言い尽くせませんが、これから時間を掛けて徐々にご説明して行く事にします。

 今回はこの重要この上ない「勅使門」そのものの問題は後回しにし、まずは神社のリポートを先行したいと思います。ただし、緊急性もあることからこの「勅使門問題」については、スポットとしてひぼろぎ逍遥で簡単な報告を行いたいと考えています。

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これはまだ勅使門ではありません


かなり狭い住宅地の中を抜けて行かなければ届かない神社でしたが、境内に入り驚きました。

 実に素晴らしい勅使門が残されていたのです。

私は前日に先行して見せて頂いていましたが、翌日、同行の内倉先生は思わず声を上げておられました。


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五七桐紋に併せ木瓜紋(左)が打たれています 金山彦を意味していると考えますが一応保留します

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勿論、勅使門は天皇も使うのですが…書いてないという事は近畿大和朝廷のものではないのです


惜しいですが、読み取れません。

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右は「高良玉垂宮神秘書」


驚くことに、開化天皇の名が出て来ました(畿内説論者など欠史8代架空とする第9代開化です)。

実は高良玉垂命その人であり、仲哀亡き後の神功皇后はそのお妃なのです。

してみると、新羅への侵攻に併せ勅使が派遣されたとの話(九州王朝の勅使)も真実味が出て来ます。

全国の九州王朝論者の方に参詣して欲しい一社です。愚かな畿内説論者などやってくるな!

粟鹿神社の分流との表現がありますので、粟鹿神社も忘れずにご訪問ください。

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記