2018年06月12日

464 南国 指宿市の指宿神社

464 南国 指宿市の指宿神社

20170821

 太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


 指宿に指宿神社があるのは当然でしょうが、これまで足を運んだことはありませんでした。

 大した神社じゃないと思っていたのですが、意外と立派な神社である事に驚かされました。

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大日孁貴命(天照大御神)を主祭神とし、相殿に御子神(天之忍穂耳命・天之穂日命・天津日子命・活津日子根命・熊野久須毘命・多紀理毘売命・狭依日売命・多岐津比売命)を合わせ祀り、摂社に東之宮(彦火火出見命)・二龍宮(和田都美命)・聖宮(塩土翁命)・懐殿宮(昭美日月命)・西之宮(天命開別命)・姉姫宮(豊玉姫命)・天井宮(玉依姫命)・荒仁宮(大己貴命)を奉斎する。

主祭神と摂社8柱の神をあわせて開聞新宮九社大明神と唱え、1968年(昭和43年)319日に市内十二町字諏訪に鎮座していた南方神社建御名方命合祀る。 ウィキペディア(20170821 18:31)による

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指宿市の中心部に近い微高地に鎮座する指宿神社(揖宿神社)のこと、この地域の支配的氏族の奉斎する神社である事が分かりますが、薩摩の事、やはり維新期の祭神の入れ替えが気になります。

 特に、天照とスサノウの誓約による五男三女神の部分は明治期か島津の時代を思わせますから、摂社に祀られた東之宮(彦火火出見命)・二龍宮(和田都美命)・聖宮(塩土翁命)・懐殿宮(昭美日月命)・西之宮(天命開別命)・姉姫宮(豊玉姫命)・天井宮(玉依姫命)・荒仁宮(大己貴命)こそが本来の奉斎神であったと考えるべきでしょう。

 彦火火出見命=山幸彦=猿田彦=ニギハヤヒは何度も言ってきましたし、和田都美命もヤタガラス=豊玉彦で良いでしょう。塩土翁命も大幡主で良い事から、大幡主の子であるヤタガラス=豊玉彦のお二人の女神=豊玉姫命と玉依姫命と大己貴命までは全て大幡主系の神々なのです。

懐殿宮(昭美日月命)・西之宮(天命開別命)が良く分からないのですが、多分、西隣の開聞神社の関係かと考えられます。

ここには鹿児島県に特有の「大宮姫伝承」(天智天皇と大宮姫…)が関係していると考えますが、ここでは別のテーマになりますので踏み込みません。


社伝に依れば慶雲3年(706年)にこの地に行幸した天智天皇の遺品を奉じて作られた「葛城宮」が創始という。その後、貞観16年(874年)の開聞岳の噴火により被災した枚聞神社を避難遷宮し「開聞新宮九社大明神」と称するようになった。明治になって「揖宿神社」と改称し、郷社に列した。現在は単立神社である。                      ウィキペディア(20170821 18:31)による


奇妙なのは大国主が何故荒神扱いになっているかです。これももう少しファクトを押さえる必要がある事から留保します。

ただ、美しくも顔の見える良い神社ですね。

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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)

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大国主が荒仁とは奇妙ですし聖宮が孝元ではなく大幡主というのも不思議です


研究目的で百嶋由一郎の資料を必要とされる方は09062983254までご連絡下さい

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以下省略

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参拝殿

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 12:12| Comment(0) | 日記