2018年06月08日

ビアヘロ049 ひぼろぎ逍遥とひぼろぎ逍遥(跡宮)の未公開データを含めたDVDを送りします

ビアヘロ049 ひぼろぎ逍遥とひぼろぎ逍遥(跡宮)の未公開データを含めたDVDを送りします

20180314

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


以下は、ひぼろぎ逍遥、ひぼろぎ逍遥(跡宮)の未公開分のオンエア予定稿の一部です。

既に、月間30本近いブログを公開していますが、これ以外にタイムリーに公開するスポット版、ビアヘロ版と併せ全体で1,300本近くがオンエアされており、未公開分を加えれば1,500本近いブログが存在します。このブログ049の公開時点では、さらに7080本は増えているものと思います。



ひぼろぎ逍遥(未公開分最新稿の一部)

590

311から七年目の現在

 

589

四国から山陰へ9車中泊10日の神社調査で見た最も印象深い一社

 

588

九州王朝研究者の人的資質について

 

587

大川上美良布神社(香美市)には正面の聖神社の孝元天皇の孫にあたる

仁徳天皇も祀られている

586

別役神社祭礼の日の前に見た心惹かれる一社“孝元天皇を祀る高知県

香美市香北町の聖神社”

585

隠国(こもりく)の泊瀬(はつせ)“高知県の長谷寺の十二所大権現とは何か?”

584

高知県の物部川流域にひそりと息づく仁位田神社

 

583

別役神社の祭礼に参加してきました

 

582

エントラーダ デ プロイビーダ entrada de prohibida 「立入禁止」

581

雪深い島根の山奥で発見した仁徳天皇 “島根県吉賀町上高尻若宮神社”

580

雪深い島根の山奥には大山祗祭祀が幾らもある “島根県吉賀町下高尻大山祗神社”

579

十種ケ峰の麓に金山彦が鎮座する “山陰 津和野の愛宕神社

 

578

古川という家系について D “橘氏系図補足”

 

577

忘れ去られた明治の北白川宮能久親王の石碑について ”熊本県山都町長崎”

576

古川という家系について C “「橘町の歴史」から”

 

575

古川という家系について B “「小鹿島橘氏」の治承・寿永内乱―から”

574

藤川天神再訪 “鹿児島県薩摩川内市藤川”

 

573

藤川天神の下見で遭遇した興味深い地名について“旧祁答院町馬頃尾(現薩摩川内市)”

572

鹿児島県姶良市寺師の大王神社初見

 

571

南阿蘇に急造された新興パワー・スポット “高森町の上色見熊野座神社”

    

ひぼろぎ逍遥(跡宮)(未公開分最新稿の一部)

535

九州王朝論にとっても神代史研究にとっても、土佐、伊予の神社調査は急務かつ極めて重要

534

愛媛の白王神社 “愛媛県西予市鬼北町の白王神社”

533

三瓶山の麓に弥彦神社(山幸彦=ニギハヤヒ)を発見した “大田市

川合町川合の伊夜彦神社”

532

八幡宮の基層に九州王朝を見た “島根県大田市仁摩の石見八幡宮”

531

檮原街道の白皇神社 “愛媛県西予市城川町田穂の白皇神社”

530

霊符神社の護符 “熊本県八代市霊符神社”

529

臙脂色から大山祗 大市姫を考える “福岡県朝倉市大山祗神社のおしろい祭り”

528

熊本県菊陽町にも若宮が祀られていた! “熊本県菊陽町若宮八幡宮”

527

熊本空港直下の二社を見る “熊本県大津町の窪田日吉神社と窪田阿蘇神社”(下)

526

熊本空港直下の二社を見る “熊本県大津町の窪田日吉神社と窪田阿蘇神社”(上)

525

白川の向こう側 “熊本県菊陽町の楠森天神社と井口天神社”

524

姶良町山中で遭遇した若宮神社 “鹿児島姶良市北山の若宮神社初見”

523

可愛山稜裏のニギハヤヒの墓所 “鹿児島県薩摩川内市の河合陵神社初見”

522

鹿児島県姶良市寺師の大王神社初見

521

菅原道真公の御両親

520

熊本県西原村鳥子の鳥子阿蘇三之宮神社再訪 

519

佐賀県に阿蘇高森の草部吉見(ヒコヤイミミ)を祀る神社がある “佐賀県小城市牛尾神社”

518

2018年山陰落ち穂拾い三社詣りの旅 E “鳥取県若桜町の若桜神社”

517

2018年山陰落ち穂拾い三社詣りの旅 D “鳥取県岩美町小田の小田神社”

516

2018年山陰落ち穂拾い三社詣りの旅 C “鳥取県岩美町院内の前田神社”

515

2018年山陰落ち穂拾い三社詣りの旅 B “鳥取県大山町の大神山神社”


このブログの総量は、通常の本に換算すれば30冊分近い分量になっていますので、両方のブログの機能でも検索が難しくなっています。

 特に、桜ブログでオンエア中のひぼろぎ逍遥(跡宮)に於いては、絶対量が多い為か古いブログの検索そのものができない(存在はしますが一覧から探す事ができない)状態になっています。

頻繁と言うほどではありませんが、最近では、朝8時の時点で600件といったアクセスである事に示されるように、中には非常に熱心な読者もおられるようです。

従って、読みたいものを選んで読むことも困難になっているなか何とかしなければならないと考えていました。

 これを回避するためには、ひぼろぎ逍遥とひぼろぎ逍遥(跡宮)の全データを直接読む事が手っ取り早いかもしれません。既にDVD化していますので、仲間内ではネットを経由せずに読むでいます。

直ぐに実費程度でお送りできますので、必要とされる方は09062983254までご連絡ください

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なお、分量が多い為DVDにはエクセル版のリストを同封していますので活用下さい。一枚1500円程度…


会員になって頂ければ、無料で上記資料をお送りし、源泉掛け流しの温泉付き研修所への宿泊も含めて最新情報にアクセスできます。

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記

2018年06月09日

463 南国 指宿市の若宮神社

463 南国 指宿市の若宮神社

20170821

 太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

 川辺から知覧を抜け喜入経由で指宿市に向かいましたが、それは、元湯温泉とか殿様湯とか村之湯温泉といった古い共同浴場に入りたかったからでした。

 ともあれ、何度も訪れている指宿ですが、不思議と神社には足を運んでいませんでした。

 一応、指宿神社には行く事にしていたのですが、薩摩半島の最南端の指宿に若宮神社があるとは思っても見ませんでした。

 今回はご紹介だけに留めますが、これが仲哀亡き後の神功皇后と高良玉垂命=第9代開化天皇との間に産まれた長子=シレカシノミコト=仁徳天皇(事実上最後の九州王朝の天皇)であることは言うまでもありません。


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若宮神社 祭神 神功皇后 応神天皇 仁徳天皇

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アコウの木のそばに由緒書きが

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百嶋由一郎極秘神代系譜(部分)

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記

2018年06月12日

464 南国 指宿市の指宿神社

464 南国 指宿市の指宿神社

20170821

 太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


 指宿に指宿神社があるのは当然でしょうが、これまで足を運んだことはありませんでした。

 大した神社じゃないと思っていたのですが、意外と立派な神社である事に驚かされました。

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大日孁貴命(天照大御神)を主祭神とし、相殿に御子神(天之忍穂耳命・天之穂日命・天津日子命・活津日子根命・熊野久須毘命・多紀理毘売命・狭依日売命・多岐津比売命)を合わせ祀り、摂社に東之宮(彦火火出見命)・二龍宮(和田都美命)・聖宮(塩土翁命)・懐殿宮(昭美日月命)・西之宮(天命開別命)・姉姫宮(豊玉姫命)・天井宮(玉依姫命)・荒仁宮(大己貴命)を奉斎する。

主祭神と摂社8柱の神をあわせて開聞新宮九社大明神と唱え、1968年(昭和43年)319日に市内十二町字諏訪に鎮座していた南方神社建御名方命合祀る。 ウィキペディア(20170821 18:31)による

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指宿市の中心部に近い微高地に鎮座する指宿神社(揖宿神社)のこと、この地域の支配的氏族の奉斎する神社である事が分かりますが、薩摩の事、やはり維新期の祭神の入れ替えが気になります。

 特に、天照とスサノウの誓約による五男三女神の部分は明治期か島津の時代を思わせますから、摂社に祀られた東之宮(彦火火出見命)・二龍宮(和田都美命)・聖宮(塩土翁命)・懐殿宮(昭美日月命)・西之宮(天命開別命)・姉姫宮(豊玉姫命)・天井宮(玉依姫命)・荒仁宮(大己貴命)こそが本来の奉斎神であったと考えるべきでしょう。

 彦火火出見命=山幸彦=猿田彦=ニギハヤヒは何度も言ってきましたし、和田都美命もヤタガラス=豊玉彦で良いでしょう。塩土翁命も大幡主で良い事から、大幡主の子であるヤタガラス=豊玉彦のお二人の女神=豊玉姫命と玉依姫命と大己貴命までは全て大幡主系の神々なのです。

懐殿宮(昭美日月命)・西之宮(天命開別命)が良く分からないのですが、多分、西隣の開聞神社の関係かと考えられます。

ここには鹿児島県に特有の「大宮姫伝承」(天智天皇と大宮姫…)が関係していると考えますが、ここでは別のテーマになりますので踏み込みません。


社伝に依れば慶雲3年(706年)にこの地に行幸した天智天皇の遺品を奉じて作られた「葛城宮」が創始という。その後、貞観16年(874年)の開聞岳の噴火により被災した枚聞神社を避難遷宮し「開聞新宮九社大明神」と称するようになった。明治になって「揖宿神社」と改称し、郷社に列した。現在は単立神社である。                      ウィキペディア(20170821 18:31)による


奇妙なのは大国主が何故荒神扱いになっているかです。これももう少しファクトを押さえる必要がある事から留保します。

ただ、美しくも顔の見える良い神社ですね。

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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)

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大国主が荒仁とは奇妙ですし聖宮が孝元ではなく大幡主というのも不思議です


研究目的で百嶋由一郎の資料を必要とされる方は09062983254までご連絡下さい

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以下省略

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参拝殿

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 12:12| Comment(0) | 日記