2018年02月18日

427 奥出雲の神々 33 八代の三柱神社

427 奥出雲の神々 33 八代の三柱神社

20170517

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


 425 奥出雲の神々 32 で取り上げた 八代の仰支斯里 からも歩いて行けそうなところに鎮座する神社です。

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当日は折からの半島情勢急迫のためか、長閑な農村風景にも拘らず、上には雲一つない青空に航空自衛隊と思える航空機が飛び交いその飛行の痕跡を留めていました。

改めて、島根県が国境の国である事を認識させられました。

思えば迎日湾から船出すれば、いやでも出雲から敦賀に流れ着くはずなのです。

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社殿は質素そのものですが昔はこれで十分だったのです。いつも人々が集い多くの子らが遊び集落の中心地だったはずなのです。

 その古き良き村々の一切を破壊したのが戦後世界であり、とどめを刺したのが小○竹○一派による日本の米国マフィアへの売渡しによる国民(農村)経済の破壊と国富の持ち出しであり、国民所得の半減だったのです。こんな連中を未だに持て囃す愚かな人々とは一体何者なのか…今後も希望はありません。

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さて、本殿からは三柱神社と言う社名以外何も読み取れません。

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県神社庁の資料によれば 祭神は 国常立命・国狭槌命・豊雲野命 とされています。

国常立命は天御中主命で良いと思いますが、国狭槌命・豊雲野命は特定できません。

これは、前blog 426 奥出雲の神々 32 八代の仰支斯里神社 で紹介した摂社の三柱神社です。

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つまり、仰支斯里神社も元は、この三柱神社であった可能性を否定できないのです。

そして、恐らく、こちらがさらに古層の神様なのです。祭神をそのまま真に受ける方はそれで構いません。では、この三柱の神が何かを探るためにも、境内摂社を観る事にしましょう。

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三柱神社が外に置かれていたら神殿にはどなたがおられるのでしょうか(上)いつもの社日神ですね(下)

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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


研究目的で百嶋由一郎氏の講演の音声CD、神代系譜、手書きデータを必要とされる方は、09062983254までご連絡ください(随時)

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記