2018年01月09日

414 奥出雲の神々 21 鴨倉の建御名方神社

414 奥出雲の神々 21 鴨倉の建御名方神社

20170509

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


 鴨倉は大きな谷の集落です。この風景を見ただけでここまでやって来た価値があったと思うほどの素晴らしい景観が広がっていました。

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 桜満開の鴨倉は大きな谷の集落でした。その割には傾斜がきつくなく、比較的水張り面積の大きい田んぼが広がっています。

訪れたのは四月の半ばでしたが、既に荒起こしや代掻きどころか田植えまで行うところまでありました。

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鴨倉の建御名方神社は、島根県神社庁データに基づくと 主祭神を 建御名方命 としています。

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昔は参道に電信柱を置くなど憚られて絶対にありえなかったのですが、今や情けない有様です。

スパンを調整し少しずらすだけで良かったはずなのですが、せっかくの景観が台無しですし、無粋極まりません。


まず、鴨倉と呼ばれる地に建御名方神社があることは象徴的ですらあります。

鴨は上賀茂、下賀茂の「鴨」であり大幡主〜ヤタガラス=豊玉彦=豊国主のエリアを示す地名です。

 そこに、国譲りに抵抗した建御名方神社があるのですから、建御名方命が大国主命、大幡主、豊国主の配下にあった事が想像できるのです。

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境内には幾つかの摂社があります 五穀豊穣様と書かれていますが、当然にもスサノウを祀る石塔です


島根県神社庁データによれば、主祭神は 建御名方命となっています。

境内の摂社を見る限り、スサノウ以外はなく(出雲の場合イソタケルと考えられている可能性も排除できませんが…)問題はないでしょう。

 では、建御名方を考えましょう。

 神代には、武、猛、健、建…と書かれタケル、タケと呼ばれる神様がかなりおられます。

 直ぐに頭に浮かぶのは、「日本武尊」「倭建命」(ヤマトタケルノミコト)や日子波限鵜草葺不合命、彦波瀲盧茲草葺不合尊 (ヒコナギサテケウガヤフキアエズノミコト)ですが、建御名方 も、猛々しい、勇敢な、荒々しい…勇者の意味であろうことは間違いないでしょう。

 残りの「御名方」ですが、そういう名のお方で良ければそれだけの話になってしまいます。

 兄の(あくまでも兄とされただけですが)対する「事代主」です。

これも物事を良く知っている、無難な道を選ぶ計算高い人と言った響きです(あくまでも通説の印象)。

「主」は大国主、事代主、天御中主、大物主…と同族を意味しているのですが、「主」は「ヌシ」「ノシ」、つまり、「○○の人」(シは人)であろうと考えています。

百嶋神社考古学では、事代主も建御名方も兄弟どころか、大国主の近親者ですらありません。

ただ、二神とも大幡主(博多の櫛田神社の主神)の配下で活動していた大国主の臣下のような人物だったのです。

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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


研究目的で百嶋由一郎氏の講演の音声CD、神代系譜、手書きデータを必要とされる方は、09062983254までご連絡ください(随時)

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posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 11:18| Comment(0) | 日記