太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

はじめに


すでに、当方の「ひぼろぎ逍遥」がオンエアされていますが、九州王朝論の立場から、より「神社考古学」へとシフトした神社研究の古層を探るものとして新たなブログをスタートさせました。


かなり突っ込んだ内容で書いて行く言わば奥ノ院にしたいと考えています。


綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」は、九州大学の物理学の教授であった故真鍋大覚氏による「那の国の星・拾遺」をヒントに神功皇后を追い求めておられます。


これに対して、対向の意図は全くないのですが、当方は、かつて、草ヶ江神代史研究会を主宰されていた百嶋由一郎氏の神社考古学に基づくフィールド・ワークにより書いて行きたいと考えています。


お断りしておきますが、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。


これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象も認められます。


詳しくはユーチューブ等で永井正範氏の講演をお聴きください。


また、このブログには百嶋神社考古学を追求する他のサテライト研究会に参加されている研究者の小研究を掲載することも考えています。


最近の傾向としては後発の(跡宮)の方がより読み込まれているようです。



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2017年05月18日

336 栃木、茨城県境に跨る鷲子山上神社 北関東への神社調査 D

336 栃木、茨城県境に跨る鷲子山上神社 北関東への神社調査 D

ひぼろぎ逍遥 ひぼろぎ逍遥(跡宮)共通掲載

20161203

太宰府地名研究会 古川 清久


栃木県那珂川町に鷲子山上神社という一風変わった神社があります。

当日は、常陸国探検隊メンバーお二人と数社を見学させて頂きました。

 普通の意味では特別見晴らしが良い訳でもなく、ただの辺鄙な山の一角にある神社ですが、紅葉の季節とは言え、何故か参拝客が押し掛ける神社となっているのです。

 神社を訪れると確かに何がしかのテーマ・パークではあるようで、昨今、小○、竹○改革とかで、極限まで所得を貶められた民衆にとっては、入場料の要らない気分転換と家内安全でも有難いご利益とは言えるのかも知れません。

 まず、鷲子(ワシコ)山神社付近には、鷲子(トリノコ)沢川、鷲子(トリノコ)、鷲子(トリノコ)、鳥居土(トリイド)といった地名が拾えます。

何よりも、西隣にはJR烏山線が通り、栃木県那須鳥山(カラスヤマ)市(烏山町)までがあるのですから。

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これはこの一帯に大幡主、豊国主(ヤタガラス)の一族が入っている事を示しているようです。

そのことを念頭に置いたうえで、同社も考える必要があるでしょう。

まず、参拝客も多く、半ばテーマ・パーク化された神社はそれなりの荘厳さと、レジャーランドが共存しており、今後、全ての神社が立ち行かなくなる事が予想できる中で、一つの方向性を示している様にも思えます。

この事を、神社や神々に対する冒涜だと言うのは容易いのですが、実際に社殿を維持改修し、神域全体を管理していくためには多大な労力と資金が必要となる事は明らかで、今後十年で生き残れる神社は二十分の一になるだろうと言った事が神社関係者の中では囁かれているのです。


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とにかく、ここでは鷲の子はフクロウに形を変えているのでしょうか?

実際に参拝客が増えている様である事からそれなりに真面目に考える必要はあるのかも知れません。

さて、HPを見る限り、「鷲子山の御祭神は、天日鷲命(アメノヒワシノミコト)といわれる鳥の神様です。」とあるのですから、まずは、天日鷲命(アメノヒワシノミコト)とは誰かを考えておく必要があるでしょう。

比較的有名で、神社研究者ならずとも直ぐに念頭に浮かんでくる神様のお一人です。


天日鷲神(あめのひわしのかみ)は、日本神話に登場する神。『日本書紀』や『古語拾遺』に登場する神。阿波国を開拓し、穀麻を植えて紡績の業を創始した阿波(あわ)の忌部氏(いんべし)の祖神。

別名は、高魂命または神魂命の裔神の天日鷲翔矢命や天加奈止美命。 …中略…

神話で知られているのは天照大神が天岩戸に入られたとき、岩戸の前で神々の踊りが始まり、この神(天日鷲神)が弦楽器を奏でると、弦の先に鷲が止まった。多くの神々が、これは世の中を明るくする吉祥を表す鳥といって喜ばれ、この神の名として鷲の字を加えて、天日鷲命とされた。という内容である。

『日本書紀』では天の岩戸の一書に「粟の国の忌部の遠祖天日鷲命の作る木綿(ユフ)を用い」とある。

『古語拾遺』によると、天日鷲神は太玉命に従う四柱の神のうちの1柱である。やはり、天照大神が天岩戸に隠れた際に、穀(カジノキ:楮の一種)・木綿などを植えて白和幣(にきて)を作ったとされる。そのため、天日鷲神は「麻植(おえ)の神」とも呼ばれ、紡績業・製紙業の神となる。

また天日鷲神は一般にお酉様として知られ、豊漁、商工業繁栄、開運、開拓、殖産の守護神として信仰されている。忌部神社や鷲神社などに祀られている。

ウィキペディア(20161203 19:11による

もちろんこの方向で問題はありません。

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同社神社略記


由緒書も何もない神社でしたが、連携サイトの「常陸国ふしぎ探検隊-それは天津甕星から始まった」

氏が 2.鷲子山上神社探検記、3.鷲子山上神社探検記2 8.鷲子山上神社の不思議な石碑 …他 として、十分すぎるほど書かれていますので、初見の私が書くことは何もありません。お奨めは8.ですかね。

 以下、一部ですが、引用させて頂きます。

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天日鷲命は百嶋系図によれば大幡主(神皇産霊神)の子天太玉(豊玉彦=八咫の烏)と高木神(高皇産霊神)の娘杉山大神(天豊ツ姫=アソツ姫)の子で八咫烏の子なので、と・り・の・こ」と言われているとのことです。さらに、百嶋系図を見てみると豊玉姫(宗像三女神のタゴリヒメ、ウガヤフキアエズ=アジスキタカヒコネの母)の異母の弟にあたることがわかります。

ン?じゃあ、豊玉姫だって「とりのこ」ではないか?弟が「とりのこ」だったら、姉だって「とりのこ」

でしょう、普通。だったら、女千木を持つ本殿の祭神は豊玉姫ではないか?

百嶋先生によれば、豊玉姫は青竜大権現であり、青袖の舞=かんの舞=からむしの舞を踊る。

踊る話は良く聞きこんでいないので、踊ることしか今はわかりません。

記紀では、海神とされ、サメとか鰐(海亀)とか龍とかナマズとか言われています。

このサメとか鰐とかナマズが常陸国に大きく関係してくるとひらめきました。今後の神社探検記を乞うご期待!?


引用だけではつまらないので、百嶋神代系譜から天日鷲命をご説明させて頂きます。

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阿蘇系譜A


百嶋神代系譜によれば、天児屋根こと阿蘇高森の草部吉見=春日大神=鹿島神社の武甕槌の娘で阿蘇神社の健磐龍の妃となったものの問題が起き、最期は豊玉彦=ヤタガラスのお妃として納まった阿蘇ツ姫の子が天日鷲でありその子が天富命です。

阿波の忌部の祖ともされる天日鷲ですが、その子かその一族が北関東に進出してきたのでしょうか?

この鷲子山付近には富山という地名も拾え、富山川という川も流れています。

結局、北関東には北関東の土着の神様などがおられるのではなく、全て、九州、九州王朝系の一族が進出、避退、征服…により展開している事が見えるのです。


百嶋由一郎神代系譜、同講演音声CD、同手書きデータ・スキャンニング資料等を必要とされる方は、直接 09062983254までご連絡ください。

また、共に神社研究を行っていただける方を探しています。いつでも電話をお掛けになって下さい。

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posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 23:02| Comment(0) | 日記