太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

はじめに


すでに、当方の「ひぼろぎ逍遥」がオンエアされていますが、九州王朝論の立場から、より「神社考古学」へとシフトした神社研究の古層を探るものとして新たなブログをスタートさせました。


かなり突っ込んだ内容で書いて行く言わば奥ノ院にしたいと考えています。


綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」は、九州大学の物理学の教授であった故真鍋大覚氏による「那の国の星・拾遺」をヒントに神功皇后を追い求めておられます。


これに対して、対向の意図は全くないのですが、当方は、かつて、草ヶ江神代史研究会を主宰されていた百嶋由一郎氏の神社考古学に基づくフィールド・ワークにより書いて行きたいと考えています。


お断りしておきますが、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。


これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象も認められます。


詳しくはユーチューブ等で永井正範氏の講演をお聴きください。


また、このブログには百嶋神社考古学を追求する他のサテライト研究会に参加されている研究者の小研究を掲載することも考えています。


最近の傾向としては後発の(跡宮)の方がより読み込まれているようです。



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2017年05月13日

335 鹿児島、宮崎のヤゴロードンの痕跡か?栃木に弥五郎坂があった 北関東への神社調査 A

335 鹿児島、宮崎のヤゴロードンの痕跡か?栃木に弥五郎坂があった 北関東への神社調査 A

ひぼろぎ逍遥 ひぼろぎ逍遥(跡宮)共通掲載

20161107

太宰府地名研究会 古川 清久


既に、ひぼろぎ逍遥(跡宮)220 鹿児島のヤゴローどんは 山幸彦(ニギハヤヒ)“鹿児島県曽於市の岩川八幡宮” 291大宮神社と猿田彦大神 J “古代日向のヤゴローどん も猿田彦なのです“ などで、鹿児島に広く分布する”ヤゴローどん“とは、山幸彦=ニギハヤヒ=猿田彦…であることを書いていますが、茨木、栃木一帯の神社を見て回っていると、宇都宮市の東、さくら市に弥五郎坂がある事に気付きました。

 それだけならば、それほどには気にしないのですが、付近に、今宮神社が二社拾えることから、急に色めき立ち、同社を見せて頂くことにしました。

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何故ならば、故)百嶋由一郎氏からは“今、イマ、伊○○…といった地名は山幸彦、ニギハヤヒ、猿田彦の領域を意味しており、福岡市の西には、今宿、今山、今津…と並んでいます”“今とは射+魔を意味しています”とお聴きしていたからです。

 無題.png上の地図を見れば、赤枠が弥五郎坂であり、緑枠が現地の石碑弥五郎坂の場所を示しています。

 当方は、新潟(ニイガタ)県柏崎市の二田(ニタ、フタタ)物部神社を中心に、筑豊(鞍手郡小竹町新多=ニイタを始めとして新延=ニノブ、新北=ニギタ…)から西日本沿岸に展開した物部氏の本隊が、本州の脊梁山脈を越え、北関東の群馬、栃木、茨木に進出したと考えており、上州新田郡三日月村で知られる木枯らし紋次郎(フィクションではありますが)の出身地とされた新田、仁井田、二田、熟田…といった表記の地名として痕跡を留めていると考えているところです。

 してみると、今宮神社の直ぐ傍に弥五郎坂がある事に何らかの関係性を求めざるを得ず、北関東に進出したニギハヤヒ系=物部の人々によって、尚も、山幸彦は弥五郎、弥彦、彌(イヤ)彦などと呼ばれていた事が見えるのです(新潟県の一の宮も彌彦神社ですね)。一方、現地の公式の見解は以下の通りです。

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現地の説は、1549(天文18)年にあった宇都宮氏と那須氏の激戦の際に活躍した鮎ケ瀬弥五郎の名をとって「弥五郎坂」と呼ばれるようになりました。

さくら市


 こんなものは、弥五郎坂があったから、鮎ケ瀬弥五郎と名付けられただけの事でしょうが、まあ、こだわる必要もないでしょう。

では、弥五郎坂をご覧ください。

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さくら市には四社ほど今宮神社がありますが、「栃木県神社誌」など用意しているはずもなく、以下のサイトを参考にさせて頂きましたが、直接的には山幸彦の痕跡は確認できませんでした。

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ただ、内二社に稲荷神社が祀られている事から、伏見稲荷かどうかの判別はともかくも、稲荷様のご素性は山幸彦のお妃であり、この中に紛れ込んでおられる可能性もあるのではないかと考えているところです。

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栃木県さくら市氏家の白鬚神社


付近には白鬚神社もある事から、こちらは猿田彦、ニギハヤヒ、山幸彦で間違いはなく、もしかしたら、分離され、独立の神社とされているのかも知れません。

では、最期に、「新」と書いて、ニイ、ニッ、ニュウ(まさしく英語のニュウですね)と発音する傾向を持った人々の進入の痕跡地名の類例を幾つかお知らせしましょう。

新潟県は言うまでもありませんが、ここは栃木県です。

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posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 10:38| Comment(0) | 日記