太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

はじめに


すでに、当方の「ひぼろぎ逍遥」がオンエアされていますが、九州王朝論の立場から、より「神社考古学」へとシフトした神社研究の古層を探るものとして新たなブログをスタートさせました。


かなり突っ込んだ内容で書いて行く言わば奥ノ院にしたいと考えています。


綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」は、九州大学の物理学の教授であった故真鍋大覚氏による「那の国の星・拾遺」をヒントに神功皇后を追い求めておられます。


これに対して、対向の意図は全くないのですが、当方は、かつて、草ヶ江神代史研究会を主宰されていた百嶋由一郎氏の神社考古学に基づくフィールド・ワークにより書いて行きたいと考えています。


お断りしておきますが、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。


これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象も認められます。


詳しくはユーチューブ等で永井正範氏の講演をお聴きください。


また、このブログには百嶋神社考古学を追求する他のサテライト研究会に参加されている研究者の小研究を掲載することも考えています。


最近の傾向としては後発の(跡宮)の方がより読み込まれているようです。



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2017年01月24日

228 大宮神社と猿田彦大神 G “猿田彦がニギハヤヒで山幸彦であることについて”

228 大宮神社と猿田彦大神 G “猿田彦がニギハヤヒで山幸彦であることについて”

20160723

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


ひぼろぎ逍遥 375 大宮神社と猿田彦大神 D “佐野経彦(神理教教団)と猿田彦大神”において神理教教団について書きましたが、同教団が本山と考えている(推定)神社が筑豊の中心部の旧宮田町(現宮若市)にあります。

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祭神 天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊 (あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)


饒速日は山幸彦=猿田彦=卑弥呼宗女壱与やウマシマジの父で、後の物部氏の中核的氏族が奉祭する神でもあり、小倉南区の神理教(明治期に佐野 経彦(巫部経彦)により造られた教派神道系新興物部教団)の神でもあります。

同社にはその佐野経彦(巫部経彦)に縁続きと思われる方が奉納された石塔があるのです。

 猿田彦、ニギハヤヒ、山幸彦、経津主(大幡主の子であり配下だから大国主同様に「主」という尊称が付されているのです)、五十猛が同一神であることの一部がお分かり頂けたでしょうか?

 また、同社の巨大石柱には、ニギハヤヒを祀る神社であることが詳しく書かれています。

さらに、同社の鎮座地の宮田町磯光の「磯」も恐らく五十猛の五十なのです。 

 どうやら、物部25部族の筑豊への展開も、山鹿〜久留米(天照御祖神社)〜鳥栖(荒穂神社)〜飯塚〜宮田(天照宮)〜北九州というコースが見えて来たようです。

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伊勢参宮記念碑 奉納者は 佐野舛太郎氏


初代神武天皇(カムヤマトイワレヒコ)の幼名は佐野命でしたが、この方も恐らく同教団の関係者か縁続きの方なのでしょう。

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北九州市議 佐野貫一 佐野千恵子 両氏による奉納です


昔の「日本航空」もですが、「鶴丸」(日負い鶴の変形)も物部氏のシンボルなのです。

 日航の初代社長は確か松尾姓でしたが、松尾氏もニギハヤヒ系ではありませんが、物部の一派だと考えています。

松尾の松の文字を分解すると木の公(君)=紀氏(姫氏)なのです。

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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


研究のため百嶋由一郎講演録(音声CD)、手書きデータと神代系譜を必要とされる方は09062983254まで

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 12:51| Comment(0) | 日記