太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

はじめに


すでに、当方の「ひぼろぎ逍遥」がオンエアされていますが、九州王朝論の立場から、より「神社考古学」へとシフトした神社研究の古層を探るものとして新たなブログをスタートさせました。


かなり突っ込んだ内容で書いて行く言わば奥ノ院にしたいと考えています。


綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」は、九州大学の物理学の教授であった故真鍋大覚氏による「那の国の星・拾遺」をヒントに神功皇后を追い求めておられます。


これに対して、対向の意図は全くないのですが、当方は、かつて、草ヶ江神代史研究会を主宰されていた百嶋由一郎氏の神社考古学に基づくフィールド・ワークにより書いて行きたいと考えています。


お断りしておきますが、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。


これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象も認められます。


詳しくはユーチューブ等で永井正範氏の講演をお聴きください。


また、このブログには百嶋神社考古学を追求する他のサテライト研究会に参加されている研究者の小研究を掲載することも考えています。


最近の傾向としては後発の(跡宮)の方がより読み込まれているようです。



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2016年05月30日

ビアヘロ020 北北東に進路を取れ! S 東舞鶴の大森神社=彌加宜(ミカゲ)神社

ビアヘロ020 北北東に進路を取れ! S 東舞鶴の大森神社=彌加宜(ミカゲ)神社

201601012

久留米地名研究会(神社考古学研究班)古川  清久

さすがに舞鶴地区の神社を全て見て回る訳にも行かないのですが、これは参拝しなければと思ったのが大森神社でした。

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祭神

御祭神:天御影大神 誉田別大神
境内社:須佐見神社 水神社 若宮稲荷神社 森光稲荷神社 縁結神社 三安神社 鹿島神社 八代神社

少し分かり難いため、手助けを求めましょう。


其の御祭神は天御影命(アメノミカゲノミコト)亦の名は天目一箇命(アメノマヒトツノミコト)と申し神代において刀、斧等諸道具を造り始められた産業の始祖で、皇孫命に仕えて天孫降臨になった三十二神の内の一神にして、…

境内神社は参拝順に挙げますと 一、須佐見神社素戔嗚命 大己貴命 二、水神社美津波能賣命
三、若宮稲荷神社保食命 四、森光稲荷神社大宮網賣命 五、縁結神社大国主命
六、三安神社天照大神 七、鹿島神社武甕槌命 八、八代神社天照大神之御子 五男三女神

敬愛する「神社探訪 狛犬見聞録・注連縄の豆知識」より

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是非見たいと思った理由は、「大森」という物部を思わせる社名(地名)から来るものでした。

初見の神社であり横柄な事を申上げるつもりは毛頭ありませんが、祭神の誉田別大神は八幡神の権勢にひれ伏し受け容れたものでしかなく、天御影大神が何者であるかさえ分かればこの神社の性格は粗方把握できるように思えるのです。

と言うよりも、それ以外の事はある程度郷土史に通じていなければほんの僅かな事でも把握できないのです。狡猾この上ないのですが、周辺調査は後回しにして、結論だけ申上げておきます。天御影命とは、阿蘇の草部吉見神だったのです。

丹波道主の母である息長水依姫の母(方)とは辛国息長大姫大目命=豊受大神その人であり、その流れの祖父とは通常、海幸彦(先)、山幸彦(後)になりますが、百嶋神社考古学ではこの場合は海幸彦=草部吉見となるのです。

通常、物部と言えば、ニギハヤヒ(山幸彦)系を想定しそうですが、ここには草部吉見(海幸彦)系が盤居していたのでした(父と祖父の問題は残りますが…)

これで、境内社に鹿島神社=武甕槌命(実は阿蘇草部吉見)が置かれている理由も分かったのでした。

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舞鶴には再々再度訪問し調べたいと思っています。境内社ですが、水神社美津波能賣命もありました。

伊勢外宮=豊受大神 の母であり、スサノウの妃であり、息長水依姫の祖母になる方です。

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posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 00:00| Comment(0) | 日記