太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

はじめに


すでに、当方の「ひぼろぎ逍遥」がオンエアされていますが、九州王朝論の立場から、より「神社考古学」へとシフトした神社研究の古層を探るものとして新たなブログをスタートさせました。


かなり突っ込んだ内容で書いて行く言わば奥ノ院にしたいと考えています。


綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」は、九州大学の物理学の教授であった故真鍋大覚氏による「那の国の星・拾遺」をヒントに神功皇后を追い求めておられます。


これに対して、対向の意図は全くないのですが、当方は、かつて、草ヶ江神代史研究会を主宰されていた百嶋由一郎氏の神社考古学に基づくフィールド・ワークにより書いて行きたいと考えています。


お断りしておきますが、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。


これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象も認められます。


詳しくはユーチューブ等で永井正範氏の講演をお聴きください。


また、このブログには百嶋神社考古学を追求する他のサテライト研究会に参加されている研究者の小研究を掲載することも考えています。


最近の傾向としては後発の(跡宮)の方がより読み込まれているようです。



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2016年02月09日

ビアヘロ004 北北東に進路を取れ! C 石川県鶴来町の白山比盗_社

ビアヘロ004 北北東に進路を取れ! C 石川県鶴来町の白山比盗_社

20151220

久留米地名研究会(神社考古学研究班)古川  清久


今回は足早の長距離調査旅行ですので18日午後4時には京都府舞鶴市を出発し、福井県、石川県を抜け、20日夜には富山の東の端にまで到達していました。

さらに、明日中には新潟を抜け、できれば山形まで進むつもりでいます。

この間、既に二十数社の神社を見ていますが、元より全てを書くことなど到底できませんが、順番を飛ばして書きたいものから順次リポートを書いて行く事にしたいと思います。

まずは、本日、訪問した神社をご紹介することにします。


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白山本宮加賀一ノ宮白山神社 カーナビ検索 石川県白山市三宮町ニ105-1 TEL 076-272-0680


今回の「北北東に進路を取れ!」神社トレッキングにおいては、京都府舞鶴市内の主な神社を訪問し、舞鶴市内の知人宅で一泊し(といっても車中泊です)、翌日、夕方から東に向かったのですが、その後も敦賀市内と福井市内の二か所の某温泉センターで車中泊となったのでした。

筑前市、鯖江市、福井市など早朝から数社を巡り、上天気の中、早くも石川県に入りました。

石川県(加賀)と言えば、直ぐに頭に浮かぶのは白山比盗_社です。

加賀一の宮を素通りも勿体ない上に申し訳も立たないため、急遽、軌道を修正し白山比盗_社に向かいました。

石川県に入った辺りから南には雪山が見えるようになってきます。天気も良い事からより一層映え、白山姫とは良く言ったものだと再認識したところです。

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同社参拝殿、本殿

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同社略由緒


白山信仰圏は広く東北地方まで広がっていますが、この神様=白山比唐ェ一体誰なのかあまりお分かりになっていないようです。

当然のことながら白山比唐アそが主神なのでしょうが、由緒書を見ても一向に要領を得ません。

しかし、私の住む佐賀県でさえも白坊様(シロンボサン)などと呼ばれ、山岳修験と繋がった小規模な信仰圏がある事を知っています。

多くの神社のリポートを書く必要がある事から結論を急ぎましょう。

これについても百嶋先生のお話は明瞭でした。

実は、天御中主命その人なのです。

通説では、中性神扱いになっていますが、ウマシアシカビヒコヂという御主人を持つ女性の神様であり、久留米で言えば、水天宮の女神様でもあるのです。

今回も白山比盗_社にそのウマシアシカビヒコヂの痕跡を探して見たのですが、亀甲の神紋により大幡主の領域に祀られている事以外探り出すことはできませんでした。

なお、御主人のウマシアシカビヒコヂ神は、今年、話題になった出雲大社の最上階=客人の間に鎮座して居られる事をお知らせしておきます。

出雲大社も亀甲紋章でしたね。出雲も同族の博多の櫛田神社の大幡主の領域だからなのです。

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百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 20:52| Comment(0) | 日記