太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久

はじめに


すでに、当方の「ひぼろぎ逍遥」がオンエアされていますが、九州王朝論の立場から、より「神社考古学」へとシフトした神社研究の古層を探るものとして新たなブログをスタートさせました。


かなり突っ込んだ内容で書いて行く言わば奥ノ院にしたいと考えています。


綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」は、九州大学の物理学の教授であった故真鍋大覚氏による「那の国の星・拾遺」をヒントに神功皇后を追い求めておられます。


これに対して、対向の意図は全くないのですが、当方は、かつて、草ヶ江神代史研究会を主宰されていた百嶋由一郎氏の神社考古学に基づくフィールド・ワークにより書いて行きたいと考えています。


お断りしておきますが、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。


これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象も認められます。


詳しくはユーチューブ等で永井正範氏の講演をお聴きください。


また、このブログには百嶋神社考古学を追求する他のサテライト研究会に参加されている研究者の小研究を掲載することも考えています。


最近の傾向としては後発の(跡宮)の方がより読み込まれているようです。



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2015年12月22日

148 「遠賀川の神々探訪ツアー」の神々の検証 B 日天宮とは何か?

148 「遠賀川の神々探訪ツアー」の神々の検証 B 日天宮とは何か?

20150918

久留米地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


この日天宮については初見の上に、ほとんど予備知識を持ちません。

知っている事と言えば、「ひもろぎ逍遥」で綾杉るな女史がコメントを加えておられる事と、佐賀市に日天神社(日天さん)と言われる神社がある事を知っている程度です。

ただ、嘉麻市の日天宮は場所も非常に分かり難い所に在り、普通に探しても参拝する事はできないでしょう(ところが、百嶋神社考古学研究班のN氏は、数年前に探し出して実見していたというのです)。

また、神社考古学の対象とすべき神社の範疇に留まるものであるかどうかも分からないのです。

どう見ても仏教の匂いがするもので普通の意味からはそう古いものではないという印象も拭えません。

当方の日天宮に関する予備地知識は乏しく、佐賀市の日天さんから得ている程度の物でしかありません。

トレッキング用のリーフレットには次の様に書いていました。


A  日天宮  =神仏混淆のなごり…日天子+月天子+明星天子?


カーナビ検索福岡県嘉麻市牛隈(大幡主、大山咋、天御中主命のエリアです)現地で産廃処分場を探してそこの従業員にお聴きください!


 この神社を神社として扱うべきかどうかも疑問ですが、佐賀でも日天さん、日天社として有名で、仏教(神仏混淆)の匂いがします。

 十年ほど前、「天子宮」という謎の神社群を調べていて、日天子、月天子に遭遇する事がありました。

 鹿児島県曽於市大隅町の日天子神社などもその一つですが、山陰の天台密教系が神仏混淆の結果生み出されたものと理解しています。

 現在、これは「天子宮」とは異なるものとの思いを深めています。今のところ、日天子、月天子については神社考古学の対象ではないと考えています。                      以上


佐賀市紺屋町、材木町の日天神社


三夜待ち、六夜待ちともいうのは信仰的な講であったが、今では親睦的な寄合いになっている。本来、神のそばにいて共に夜を明かすことと考えられていたのが、月を待つことに変化していったものといわれている。三夜持ちは、毎月23日 の夜、青年組、中老組、老人組に分かれて催す男の人達の講で、女子の二十三夜講は存在していないようである。二十三夜講塔には『二十三夜』と記されたもの が最も普遍的であるが、他に『勢至菩薩』『大勢至菩薩』としたもの、『月読命』『月夜見命』『月弓尊』としたものや、更には『月天』と刻まれたのもある。

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文字塔のほか、尊像や二十三夜月、あるいは瑞雲等を彫顕した『刻像塔』があるが、刻像塔の大部分が勢至菩薩像である。紺屋町の刻像塔は、文久2年(1862)の建立で、材木町の日天神社にあるのは、安政5年(1858)となっている。また、毎月の月待ち行事の他『お日持ち』があるが、これは毎月でなく年に一度行うところが多く、牛島町でもこの風習があり、この他鍋島町の蛎久では715日に、東脊振では、1014日から15日に寄り合いをして酒をのみ、家々で餅つき料理を作ったりするようである。

より


十二天(じゅうにてん)は、仏教護法善神である「天部」の諸尊12種の総称である。密教では四天王とともに重視されている。十二天のうち、特に八方(東西南北の四方と東北・東南・西北・西南)を護る諸尊を八方天あるいは護世八方天といい、更に天地を護る諸尊を加えて十天ともいう。

…中略…

仏 教における「天」あるいは天部像とは、仏教流布以前の古代インド神話やバラモン教の神々が仏教に取り込まれ、護法善神となったものである。十二天とは、八 方(東西南北の四方と東北・東南・西北・西南)を護る八方天に、天地の二天と日月の二天を加えて十二天としたものである。

ウィキペディア20130916 2030 より

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現地の実見によって得られるものはやはり大きく、佐賀の日天さんのイメージとはかなり異なるものでした。

 巨大な産廃処分場地の奥にこの聖域は存在していました。

 まず、一目の印象としては縄文信仰、巨石信仰の匂いがするものです。

 仮に日天宮そのものが後世のものだったとしても、それに先行する古代の巨石を崇める神域があった事は明らかで、古代の嘉麻の人々が何らかの宗教儀式を行っていた事は間違いない様に思いました。

 日天宮、月天宮、星岩宮…の七つの巨石が祀られ、後世にはこの七つの神域を巡礼するしきたりが出来上がったのかもしれません。

 最大の日天の頂上に登ると、北側は断崖になっており、最低でも古代の通信手段としての深夜の火焚き、狼煙場であった可能性はあり、日、月、星を崇める古代祭祀が行われていたのかもしれません。

 現地最頂部には水を流す仕組みもあった様で、何やら奈良は飛鳥の酒船石真下に亀型石造物と祭祀用の水路を作らせたペルシャ系の匂いもしてきます。

 鳥居の奉納銘文を読むと文政九…年(江戸時代 末期の文化〜文政年間 180430)…第八代庄屋…とあり、

約二百年前に巡礼地風にこの神域が流行した事が分かります。

 ついつい、「伊勢にゃ七たび熊野にゃ三度…アー・コリャ・コリャ…」(伊勢音頭)や○○四国…巡礼地ツアーを思い出してしまいました。

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日天宮領域の入口に置かれた月読宮と最奥部に置かれた塩釜宮


日天宮の探訪において最も面白いと思ったのは、入口に月読宮が、最奥部に塩釜宮が置かれていたことでした。

これが何かですが、月読は大山祗命であり、塩釜宮は塩鎚翁とも言われるもので博多の櫛田神社の主祭神大幡主の可能性が高いのです。

百嶋神社考古学の立場から見れば、この嘉麻市一帯は「大隈」、「牛隈」「鴨生」…地名に象徴されるように、ヘブライ系の白族である大幡主のエリアであり、トルコ系匈奴の流れを汲む大山祗命は大幡主の門番のような役割を果たしている事が多いのです。


既に、白馬大明神は大幡主を意味しているのではないかという事は「ひぼろぎ逍遥」(跡宮)blog146 「遠賀川の神々探訪ツアー」の神々の検証 @ 馬見神社を考える前に  で、触れていますのでお読みください。

これを月天宮だから月読命が祀られていると短絡するのは早とちりのような気がします。

現在、この一帯は、産廃処分場や火葬場や施設などが置かれる土地になっています。

そのこと自体が、日天宮の背後にも影を落としていますが、恐らく、この事とblog146で触れた、荒穂神社と馬見神社が祭神を巡って齟齬を来していること、馬見大明神と白馬大明神の入れ替わり、荒穂神社の祭神と考えられるニギハヤヒ=山幸彦と、高木大神(タカミムスビ神)の子である天孫ニニギ命との入替わりの底流を形成している様に見えるのです。

この忘れられた神域、日天宮の解明の作業は端緒に着いたばかりですが、古代九州の天神と天孫の入れ替わり、物部の筑紫から筑豊への展開、初代神武(カムヤマトイワレヒコ)巡行と神武僭称第10代崇神(ハツクニシラススメラミコト)の東征神話が輻輳し古代の深層が見えにくくなっているようです。

嘉麻市の大隈の裏には旧山田市があり多くの日吉神社が確認できますが、大山咋(オオヤマクイ)命(実は崇神天皇の実父なのです)のエリアになっています。

この大山咋命は父を阿蘇の草部吉見神、母を宗像の市杵島姫としており、この地が阿蘇系と宗像系との接点になっているようにも見えるのです。

今後とも筑豊のハートランド旧嘉麻郡から、鞍手、田川郡への探訪を続けなければならないようです。

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怪しげなパワースポットが横行する中、本物の古代神域と最頂部に数か所あるトンネルの入口

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百嶋由一郎神代系譜(一部分)

posted by 久留米地名研究会 古川清久 at 22:05| Comment(0) | 日記